狩人たちの集い場




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[445] 『ボヘミアの醜聞』#5

投稿者: もふぇりんぎ 投稿日:2018年12月12日(水)21時49分33秒 p352212-ipngn200402otsu.shiga.ocn.ne.jp  通報   返信・引用

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 ダニエルは意識不明に陥ると、彼は“自分”の姿を確認した────自身の精神の中に────田舎の事件現場に戻って男の車の運転席に座っている様だ。するとそこへダニエルのコートを着たアイリーンが車の外に立ち、開けられた窓の端にしがみついて彼を切迫した面持ちで見ていた。

 「捕まえたっ」

 意識をはっきりさせようと瞬きをしながらダニエルは車から出ようとしたがアイリーンが人差し指を上げてそれを遮った。

 「ああ、ダメよ。今は“シー”。起きないで。私がお話する」

 彼女は車の後部へ行き、排気管を間近に見ようと屈み込んだ。裸足なので歩くとペタペタと音がする。

 「それでね、車のバックファイアは…」

 アイリーンが再び立ち上がると、突然、彼女とダニエルは野原のハイカーの近くに立っていた。ハイカーは固まっていて45度上を見つめている。そして、再び熱中した様子で彼女は話を続けるのにダニエルは黙って彼女の後に着いて行く。

 「…そしてハイカー、彼は空を見つめている。さて、あなたは彼が鳥を見ていたかもしれないと言った、でもそうじゃなかった、でしょ?」

 彼女は歩き回りハイカーの視線を追いながら彼の前へ向かった。

 「彼は飛んでいる他のものを見ていた。車がバックファイアし、ハイカーは振り返ってそちらを見た…」

 ハイカーは振り返って後ろにある車の方を見た、同時に何かの物体が判別不可能なほど非常に高速に飛んで来て、それは彼の後頭部に当たった。男は仰向けに倒れ────その一瞬の間────ダニエルはアイリーンの寝室に戻り、床に仰向けに倒れた。無知で叩かれた時の衝撃がフラッシュバックしているかのように。そしてすぐ彼はまた事件現場に戻り、アイリーンとハイカーを前に地面を見下ろしていた。

 「…それは大きな見落としだった」

 彼女は道路の方を再び見た。車には男が乗っていて、怯えた様子でこちらを見ていた。

 「運転手が見たときには、ハイカーは既に死んでいた。何が彼を殺したか見ないまま───何故ならそれはもう川に落ちてしまっていたから」

 小川の近くに予想外のものが落ちていた────それはブーメランだった。

 「ある堪能なスポーツマンが最近外国旅行から戻ってきた…ブーメランと共に。一目でわかった?ああ、知的って新しい色気ね」

 彼女は振り返ってダニエルに微笑んだが、ダニエルの意識はまだ朦朧としていた。

 「ぼく、僕は…」

 彼は瞬きをして混乱しながらあたりを見回した。

 「僕、は…」

 背後にベッドの柔らかな感触が吸いつく。そして、身体の角度を変えて横たわるようにベッドに沈み込むと、シーツが自然に持ち上がって彼を包み込む。そして彼は心地よさそうに目を閉じた。

 「おやすみなさい」

 彼女は彼に屈み込んだ。彼女はもはや野原にいない、彼の部屋の中にいた。

 「大丈夫よ。私はあなたのコートを返しに来ただけ……」

 彼女の囁きにダニエルは意識を引き戻され、自分の寝室のベッドにひとりでいることに気が付いた。誰がここまでやってくれていたのだろうか、ちゃんと服を着たままシーツに包まっている。ダニエルは手元を少し眺め、混乱しながら頭を持ち上げた。

 「ジャクリーン?」

 頭を振って意識を鮮明にしようとしながらより大きな声で叫んだ。

 「ジャクリーン!」

 リビングにいたポーレットは辺りを見回した。ダニエルはシーツを投げ出してベッドに跪いたが、すぐにバランスを失ってベッドの足元に転がり落ち、床に倒れた。ポーレットが寝室のドアを開けて入って来るなり、ダニエルは腕立て伏せのような形で上体を起こした。

 「大丈夫?」
 「…どうやって帰って来た」
 「えーっと、憶えてないだろうけど、ダニーったら支離滅裂で……。警部さんが携帯でずっと動画撮ってたよ」

 ダニエルはそれには答えず、立ち上がりながら必死な様子でポーレットに訊いた。

 「彼女は何処だ?」
 「彼女って誰?」
 「女だ。あの女」
 「何の女?」

 漠然と部屋を蹌踉めきながら声調を少し強めた。

 「あの女だ。“あの女”!」
 「アイリーン・アドラー?どっか行ったよ。誰も見てない」

 ダニエルはよろよろと開いている窓に行き、外を見た。

 「ここにはいなかったよ、ダニー」

 振り返って、ダニエルは再び倒れ、床で脚を引きずった。

 「どうした…?何…?駄目だ、だめ、だめ、だめ」

 ポーレットはダニエルを強引に引きずり上げて、ベッドにうつぶせに落とした。

 「ほらほら、ベッドに戻って朝には良くなってるだろう。寝てろよ。

 ポーレットはダニエルの髪を梳くと彼にシーツを掛け直してやった。するとダニエルは惘乎と彼女を見つめて静かに息を吐いた。

 「もちろん良くなるさ。僕は大丈夫だ。全然大丈夫だ」
 「ああ、君はすごい。じゃあ、もし必要なら呼んでね、隣の部屋にいるから」
 「なんで必要とする?」
 「理由なんかないでしょ」

 ポーレットは部屋を出てドアを閉めると、アイリーンに渡した筈のダニエルのコートがそのドアに掛けられているのが分かった。そして数秒後、コートのポケットの中で彼の電話が作動して光り出し、スピーカーから『Ah…』といった女性の色っぽい声が部屋に響いた。ダニエルは驚いたように目を開き、起き上がってショボショボとコートを見た。アイリーンからのメッセージだと気付くと顔を顰めてベッドから立ち上がってよろよろと進み、二、三度バランスを崩したが、どうにか脚を踏ん張った。ようやくドアに辿り着き、ポケットから電話を取り出して、壁に寄りかかりながら電話を起動すると新しいメールがあった。

 『また会いましょ、ブラッドフォードさん』

 ダニエルは暫しそれを見つめ、疑わしげに辺りを見回した。部屋の中で明らかになった最も信じられない事実は、赤い口紅のキスマークが彼の口元の左側に付いていることだった。





 翌朝。ダニエル────今は完全に快復している────とポーレットはリビングのテーブルの前に座っていた。ポーレットは朝食を食べていて、ダニエルは新聞を読んでおり、そのすぐ側ではメイナードが立っていた。

 「写真は完璧に保護されている」
 「逃亡したセックスワーカーの手の中でな」
 「彼女は恐喝に興味はない。求めているのは…ある理由のための保護だ。あの家であった銃撃について警察の取り調べを却下するなら取り返すが?」
 「彼女が写真を持ってるのにどうやって?我々の手は塞がっている」
 「彼女はあんたの言葉のチョイスを褒めるだろうな。」

 ちらりと兄の顔を伺うと、メイナードはきまり悪そうな顔をしていた。

 「あれがどう作用するかわかる、あの電話は彼女を檻から自由に解放する切り札なんだ。放っておくべきだ。王族のように扱ってやれ、メイナード」
 「だけど、彼女のやり方は王族に対してのものじゃないね」

 ポーレットが皮肉を混じえて微笑みかけると、メイナードはぎこちなく笑みを返した。すると突然、また女性の色っぽい吐息の音が部屋の中に響き渡った。それにポーレットとメイナードは互いに眉を顰めた。

 「何、今の?」

 ダニエルは平然を装いながら淡泊に言った。

 「メールだ」
 「でも、何…その音?」

 ダニエルは立ち上がって近くに置いてあった電話を取りに行き、メッセージを見た。

 『おはよう、ブラッドフォードさん』

 「他にも人がいたことを知ってたのか、メイナード?ジャクリーンと僕を送り込む前に。CIAで訓練した殺し屋だな、優秀な推理では」

 ダニエルがテーブルに戻ってまた座ると、ポーレットはメイナードを見た。

 「ああ、感謝しますよ、おにいさん」

 すると、キッチンから朝食の皿を持ってきてダニエルの前に置くなり大家はメイナードに厳しい口調で説教をした。

 「 恥ずべきことですよ、弟をそんな危ないところに行かせるなんて。家族は結局わたしたちの持つすべてなんですからね、メイナード・ブラッドフォードさん?」

 常に冷静沈着なメイナードも子供のように説教をされて流石に腹を立てた。

 「ああ、黙っててくれ、大家さん」

 それを聞くとダニエルとポーレットは驚いてメイナードを窘めた。

 「「メイナード!/お兄さん!」」

 メイナードは自分を見る怒った顔を前に竦み上がり、悲しそうに大家の方を見て謝罪した。

 「…お詫び致します」
 「どうも」
 「でも、実際、黙ってて欲しいね」

 ダニエルが兄の心境を知ってか知らずにか冗談混じりに一言付け加えると、電話が再び色っぽい吐息を鳴らした。大家はキッチンへ戻る途中であったが、声のする方へ振り返って溜息をついた。

 「ああ、その音止めてくれないかしら…少し刺激が強すぎるわ」

 ダニエルは届いたメッセージを見た。

 『気分はどう?』

 それを見て新聞にまた視線を戻した。

 「あんたに出来ることはないし、僕が見る限り彼女は何もしない」
 「最大限の監視をつけることができる」
 「なぜ面倒なことをする?あんたは彼女をTwitterでフォローできる。ユーザー名は「ThewhipHand(鞭を打つ人)」だな」
 「ああ。面白そうだな…」

 今度はメイナードの電話が鳴り、ポケットからそれを取り出して辺りを見回した。

 「失礼」

 彼は急いで玄関の方へ出ていき、電話に応じた。

 「…もしもし」

 ダニエルは疑わしげに眉を顰めて彼が去るのを見ていた。ポーレットはダニエルへ視線を移し、焦れったい気持ちを押し付けた。

 「何の音?」
 「音って?」
 「さっき鳴った音」
 「着信音。メールが届いたという意味だ」
 「ふーん。でも、ダニーの着信音は普段そんな音じゃなかった」
 「ああ、誰かが電話を奪って冗談で受信音を設定したんだろ」
 「ふ~~~~ん。で、彼女が君にメールするたびに…」

 また合図を受けて電話は空気も読まずに吐息を漏らした。

 「そうみたいだ」

 大家がキッチンから顔を出して溜息を吐いた。

 「ちょっと電話の音を小さくしてくれる?私がいるときは」

 ダニエルは無視して最新のメッセージを確認した。

 『あなたは訊いてくれなかったけど、私は元気よ』

 ダニエルは電話を置いて新聞へ意識を戻した。その新聞のヘッドラインには「歴史的な病院の修繕」と書いてある。

 「誰が君の電話を奪うことができるの?だって、コートの中にあったんでしょ?」

 ダニエルは新聞を持ち上げて顔を見られないようにした。

 「君が推理したらいい」

 ポーレットはニヤニヤしていた。

 「僕だって馬鹿じゃないんだからね」
 「へえ」

 メイナードが部屋に戻ってきたが、まだ電話で話していた。

 「Bond Airは行う、既に決まったことだ。コベントリーについてよく確認しておけ。後で話す」

 彼は通話を切った。ダニエルはそれを見ると、新聞を置いて問いかけた。

 「彼女は他に何を持っているんだ?」

 メイナードは詮索しながらダニエルを見た。

 「アイリーン・アドラー。アメリカ人は不名誉な写真には興味を示さなかっただろう。他にもあるんだ」

 彼は立ち上がって兄に顔を向けた。

 「更に重要な」

 メイナードは無表情で彼を見ると、ダニエルは彼に歩み寄った。

 「何か大きなことが起ころうとしているんじゃないか?」
 「アイリーン・アドラーはそう長くお前の悩みの種にはならない。今、この件から手を引けば」
 「おい、僕が?」
 「そうだ、ダニエル、お前が」

 ダニエルは肩を竦めて背を向けると、窓際へ歩み寄りバイオリンを手に取った。

 「さて、失礼させてもらって、長く困難な弁解を古い友人にするとしよう」

 ダニエルは「God Save The Queen」を弾き始めると、メイナードは目を回して部屋を去った。ダニエルはバイオリン弾きながら後を追い、ポーレットはニヤリと笑ってそれを眺めていた。メイナードが急いで階段を降りて行くと、ダニエルは戻ってきて演奏を続けながら再び窓へ歩み寄った。



 ……To be continued.


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