日蓮大聖人の仏法 掲示板

日蓮大聖人を末法の御本仏と信じ、日蓮正宗大石寺の本門戒壇の大御本尊を信仰の対象としている方に向け、日蓮大聖人の御心に叶い、時に叶った正しい信心とは如何にあるべきかを考えていきます。



カテゴリ:[ なんでもフリートーク ] キーワード: 法華講 創価学会 外道義


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[207] 時について

投稿者: 妙介 投稿日:2019年 9月 1日(日)08時51分42秒   通報   返信・引用

>「コップの水を飲みました。私と水は一体となりました。これが無分別です。」

 >は、五蘊が働いています。これは析空の域で体空は、水を見たり、味わったり、触ったり、飲んだりするのではなく、そういった五感の認識から離れたところに意識をもっていこうとするものです。

析空も体空も言葉であり分別です。
法介さんが、そのような言葉の組み合わせを駆使して、言葉では伝えられない何かを伝えようと努力していらっしゃる事は分かります。
ただ、残念ながら全く伝わってきません。
そもそも、そのような方法が成り立つのは天台までで、像法時代の修行のやり方ではありませんか?

大聖人様の仏法では「時」というのを大変重要視され、その時に応じた修行をしなければ利益がないという事は再三ご指南されています。
法介さんは「時」という事についてはどのようにお考えですか?


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