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  1. アーカイブ(0)17/03/09(木)01:13
  2. 足あと帳(0)17/03/06(月)17:35
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島田雅彦のなかなか迫力ある応援演説

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月14日(日)23時29分53秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  山本太郎、
島田雅彦(作家)の演説

https://8614.teacup.com/snagano/bbs


【寄付金3億50万越え!この勢いで全員当選し政権とりにいく。
消費税は即廃止だー山本太郎「れいわ新選組」代表@品川駅港南口2019 07 14 】
https://www.youtube.com/watch?v=lT8l6_0aBjw



【傲岸不遜・独善・嘘つき・隠蔽体質の現政権を山本太郎はガチで粉砕してくれる
作家の島田雅彦。 れいわ祭@品川駅港南口2019 07 14 】
https://www.youtube.com/watch?v=fofQ8oQKezQ
(この動画、邪魔が入れられているのか、音声ぶつギレで、おかしいです。)
 
 

山本太郎のその演説聴きました

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月14日(日)01時37分42秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  そう、山本太郎、選挙区で出れば楽々当選なのに、
比例で出ている。それも特別枠の次の三番手で。
これは凄い覚悟。例え今回落ちても、衆議院選挙で出るでしょう。
なにせ、「れいわ新選組」の新党の党首ですからね。
今回の選挙で、最低比例①は取りたいところですね。

東京選挙区は、ちょっと厳しいですね。

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

こういう情報もありますね

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月13日(土)10時35分18秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【自民大臣経験者が山本太郎に激励のTEL 「頑張ってくれ」】
田中龍作ジャーナル

http://tanakaryusaku.jp/2019/07/00020486

>自民党の大臣経験者にして現役の国会議員が12日、れいわ新選組の選挙事務所に電話を掛けてきて、
山本太郎を激励した。「頑張ってくれ」と。山本本人がこの日の街宣で明らかにした。

 感想を聞くと、山本は「グッと来た」と言って声を詰まらせた。そして続けた―
「自民党の中にも良心があることは分かっていたが、電話を掛けてくるということは凄く勇気のいること」。


>「自民党からも野党からもそういう気持ちがある人は移って来ると思う。これが機能したら面白くなる
 んじゃないかと思います」。


               *


■以下はブログ主の田中龍作氏の文

>山本は「ゴリゴリの保守である」と自己分析する。
「アジアに対する安全保障を声高に叫ぶよりも国民の生活と尊厳を守るのが真の保守」という思想だ。
自民党の中に共感者がいても不思議ではない。

>「税金はない所から取るな。ある所から取れ」。持論のベースは明確な階級闘争である。
 共産党が引っ込めたものを、山本は表に引きずり出した。
 

テレビは、もう駄目ですね

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 7月13日(土)00時05分50秒 KD106129206166.au-net.ne.jp
返信・引用
  芸能ネタ中心の世界になっているテレビですからね。
一般人の視聴率とれば、あとはどうでもよいというのが、
テレビの民間放送局。ま、良い悪い以前の問題ですね。

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

れいわ新選組 < ジャニー喜多川

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月12日(金)19時55分11秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■根保さん、コメントありがとうございます。
障害者を前面に出して、少しあざといという批判もあるが、
それなりに論理は通っていると思います。
また、彼が弱者に寄り添うという気持ちは、
これまでの振る舞いから付け焼刃には思えない。

■しかし、あまりマスコミは話題にしませんね、
れいわ新選組も、山本太郎も。
意図的にスルーしている。
注目されないように、番組編成を、管理している気配。

そんなことより、
ジャニー喜多川の死のほうが、よほど、重大問題だといわんばかりの騒ぎよう。
まあ、「噂の真相」が現役だった時代から、
その裏の顔がいろいろとネタにされていたおヒトではあるけど、
まるで日本国の国民的な偉人が一人逝ったような扱い。
芸能界、芸能人というのは、国民への猫じゃらしには便利な「駒」ですね。
……なんだかなあ~
 であります。
 

山本太郎の「れいわ新選組」を買うのは

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月 9日(火)03時30分15秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  ・山本太郎の潔さを買いますね。
東京選挙区から立てば楽々当選できるのに、
あえて比例にまわって戦う心意気を買いますね。

・こんな党首の立候補者は見たことがない。
オレが歴史上の新選組が好きなのは、そういう心意気でしたね。
<令和の時代の新選組>まさしくそのものの戦いぶりですね。

・名もない者たちを引き連れて、巨大な自民党の壁に挑む山本太郎。
候補者たちは、その意気に感じたことでしょう。
まだ、こんな男がいたとは、日本人も捨てたものではないですよ。

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

「国民が視線の中に入っていない大企業のための政治」批判

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月 7日(日)18時13分49秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【【れいわ新選組街頭演説会】2019年7月6日 参議院選挙3日目 東京・新宿駅東南口 】

https://www.youtube.com/watch?v=98jYC22I7BY
■熱っぽい山本太郎の演説。
「クソ左翼~、死ね」
と、通行人に野次られたあとの切り替えしが、上手いですね。
それにしても、日本の年間自殺未遂者が、50万人というのは、驚きです。

■法人税、所得税における累進制の導入で、29兆円アップ。
20兆円の消費税なしでも十分いける。
しかし、現状では、大企業に対してのみ、八十もの抜け道が用意されている。
中小・零細企業のみが、負担させられている…。

 

ゾンビ政権

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月 6日(土)08時46分26秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ~屍肉、腐乱死体の暗示ですよ。
安倍ゾンビ政権の。
誤植ならば、一つのコメント中に、わざわざRとLの両方を表記しません。
ホラー風味です。

二日酔いあけなのか、近頃は安倍の顔面も、蝋人形フランケンシュタインのように
融け落ちた肉のだぶつきが目立つ。
それに、
尊王攘夷運動家の大堀さんが、
二宮尊徳、西郷隆盛を、フレッシュ(新鮮)などと書く言語感覚なもんでね、
ついつい…。

                *


>批判を許さないような独裁国家とまではいえない日本で板亭さまが言われるような
「暴走して国民に迷惑をかけている」アベシンゾーというのは誇張だと思われます。

■これは違うと思います。
支持率アップの目論見で年金を、株式市場にぶち込んでいる段階で
「暴走して国民に迷惑をかけている」存在です。

公文書を官僚に黒塗りさせて、自分に追及が来ないようにしている時点で、
「暴走して国民に迷惑をかけている」存在です。
ここまで腐乱した政権は、過去の自民党にもなかった。

 

Flesh man

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 7月 6日(土)03時07分42秒 pb6ab7ecc.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  お応えありがとうございます。

まず、タイトルに使われている“Flesh”でありますが、
これは「肉」と言う意味ですが、
「とっても肉」というのは、副詞が名詞を修飾することはありえないと思いますので誤植だと思いますが、
わたくしはメタボ予備軍から脱却するために、健康指導員のアドバイスを得てダイエット、ストレッチ運動などを励行しておりますから、「とっても肉」と言われるのは心外なのであります。

 板亭さまは、一般論として「権力は腐る」と述べられたと思いましたので、
上杉鷹山は米澤藩の藩主に迎えられて、
立派な権力者でありましたが、腐らなかった例として挙げ、
わが国では確かに緊張の緩む為政者もいますが、
皇室と言う、おそるべき反射鏡が存在することもあり、
西洋、中国のような恐るべきケタ外れの「国家の私物化」などの腐敗堕落は起こらないだろうと言いたかったのであります。

 アベや麻生はよくわかりません。

 日本人は倫理的に批判はスルドイですから、
実績がある人材でも不道徳なことをすればたちどころに糾弾され、社会的地位を追われます。

 批判を許さないような独裁国家とまではいえない日本で板亭さまが言われるような「暴走して国民に迷惑をかけている」アベシンゾーというのは誇張だと思われます。

 もっとも消費税増税や入管法、アイヌ新法などで、保守からも見放されつつあるところを見ると、確かに祖国にとって「迷惑」なのかもしれません。

http://worldforecast.jp/fuwfs4_ainu_ydn/

「中国系企業による土地所有や水源地所有」
についてはこれはゆゆしき問題で、自民党がこれに加担しているとすれば、ますます見放されることになりましょう。

 私は対馬で韓国資本によって土地買収がすすんでいる実態を見てまいりましたから、
なんとか法律で規制して食い止めないといけないと思っております。

 己の利得のために他国に国土を売り渡すとはまさに売国奴であります。

>あのデモの実況中継、この前、ライブ配信、貼りつけたかな?

■こういうネタをあえて貼るコンジョウは、明らかに「反中共」ですよねー。
シンパであるわけがない。

 どうも中共や韓国に対する批判が手ぬるいというか、同情的、贖罪意識過剰なのが、大新聞はじめ、大半のマスコミ、リベラリスト一般だと思うのですが、「シンパであるわけがない」ということで安心しました。

 ムカつくクソ韓国、侵略ハリボテ馬賊国家中国を共に糾弾していきましょうぞ!
 
 

とってもフレッシュ(Flesh)! 「大堀さん全開」コメント

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月 4日(木)01時18分55秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  >しかし、二宮尊徳や現代でも、スーパーボランティア(超奉仕活動)の尾畠春夫さんのように
世間から脚光を浴びても清貧に甘んじて自らの生き方を墨守する人がいるのは事実で、
内村鑑三が『代表的日本人』で世界に紹介した二宮尊徳の他に西郷、日蓮、中江藤樹、上杉鷹山の
生き方はハンパではなく、
絶対に腐ってなんかいません。
鮮度を維持し続けて、最後までフレッシュ(新鮮)だったと思います。


>また、天皇家は宮中祭祀の励行により、徹頭徹尾「無私」というのがその系譜の最大の特質をなしているものでありまして、
こういう風土の中にあっては我欲の強い政権担当者であっても、
西洋のような「国家の私物化」は不可能で、自ずと限界があるものと思われます。


■楽しいコメントをありがとうございます。
私は「スーパーボランティアの尾畠春夫さん」とか、
「二宮尊徳の他に西郷、日蓮、中江藤樹、上杉鷹山の生き方」が
ハンパとか腐っているといってるのではなく、
安倍晋三や、麻生太郎や、菅が腐っている――といっているのです。
いったい、どこの誰が、とうとつに
「尊徳、西郷、日蓮、中江藤樹、上杉鷹山」が、腐っている
などといっているのですか。

安倍と彼ら偉人は、同格、同種族だとでも?
おっと、「スーパーボランティアの尾畠春夫さん」を忘れてはいけません。
ことあるごとに、銀座赤坂でへべれけになってる飽食グルメの安倍や麻生と、
尾畠春夫さんが、同類だとでも?


■わたしのカタカナ語を批判されているのはいいのですが、
「おおぼりせんせい」の国語読解力のほうが、いささか心配になってきました。
大堀さんが教えているらしい中学生のよゐこの皆さんに、
自分の文章を、十回ぐらい音読させてみてください。
~そして、できれば、お弁当でも食べながら
「文脈って何だろう?」という自由討論をまじえた課外授業でも
やってみてください。

                 *


>「絶対に腐ってなんかいません。」

  そうそう。
  腐ってませんよ。
 「尊徳、西郷、日蓮、中江藤樹、上杉鷹山」は。
  異議なし。Freshであります。

  ~腐っているのは、
  身にふさわしからぬ権力を握ってしまって、
  悪酔いして、逆走して、
  最近の高齢者運転みたいに暴走して国民に迷惑をかけている安倍晋三だよ。
  こちらは、すでにゾンビ政権。
  大堀「先生」のくせに、言っていること、トンチンカン過ぎ。



                 *



>しかし、現在の膨張軍事超大国の中国を辛辣に批判されたことも私の記憶する限り、
 ないです。
 頭山や孫文のころの中国とは異質の共産党支配の中国をもっと批判されても当然であります。
 朝日新聞でさえ天安門事件、最近の香港の情勢に対して中国を批判しておりますから。


■昔やり過ぎたのでうんざりしているだけですよ。
それに、目の前の安倍批判だけで、モーォ、おなかいっぱいです。
アベ菌が伝染って、下痢になりそうだ。

別に書いてないけど、
今の香港の市民運動は応援してます。

~あ。
あのデモの実況中継、この前、ライブ配信、貼りつけたかな?
https://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs/819
■こういうネタをあえて貼るコンジョウは、明らかに「反中共」ですよねー。
シンパであるわけがない。

           ※上記動画は【2019/06/16】の配信のもの。




■それより、日本国内の中国系企業による土地所有や水源地所有について、
大堀さんは、語らなすぎるんじゃないの?
ひょっとして、自民党議員が、
裏でキックバック貰って、手引きでもしているんですか?


 

腐らない為政者の国

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 7月 3日(水)23時12分16秒 pb6ab7ecc.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  >>戦争自体の総括
■これは大堀さん的にいうと、どういう意味になりますか?もう少し、ブレイクダウンした説明を。

信州白濁の名湯白骨(しらほね)温泉にのんびり出かけておりましたので返答がおくれました。
元は湯船に石灰が結晶して付着するところから白船(しらふね)温泉と言ったらしいのですが、中山介山の『大菩薩峠』以降、白骨温泉と呼ばれるように統一されたということです。

 「ブレイクダウン」とは細分化してかみ砕いた言い方をすれば、という意味かと思われますが、板亭さまは外来語を頻繁に使われますので、こちらとしては大変勉強になります。

 今度の「群系」の書評でも、

ノンシャラン、アルケオロジー、パッチワーク、アポリア、デモーニッシュ、アウラ、イコン、メタモルフォーゼ、ビルドゥングス・ロマン、汎神論的コスモロジー、シンクレティズム、インターテクスチュアリティー

 これだけの外来語を「当然知ってるよね」といわんばかりに使用されていますので、いちいち辞書で調べまして、脳みそに皺を刻むことができたと思います。
 日本人なら日本語で書け、と言いたくもなりますが、スタイル(型)ならば仕方ありません。
しかし、こういうところにも日本よりも西洋をリスペクト(尊重)する板亭さまの側面が表れていると思います。

 「戦争自体の総括」はそれ以上、詳細化、細分化しようもなく、あの大東亜戦争(太平洋戦争)それ自体の総括、という意味であります。
 なぜ起こったのか、なぜ敗北したのか、否定、反省すべき部分は何か、肯定すべき部分があればそれは何か、世界史的にはどういう意味があったのか、アジア諸国にとってはどんな意味があったか、そういう多角的、総合的、俯瞰的視点からの日本人自らの総括が必要ではないかということだと思います。

 これをしっかりとしないでは、英霊も浮かばれませんし、おそらく半永久的に日本は米国の属国として固定化されたままだろうと思います。
 政権担当者の米国追従姿勢を批判しているばかりでは解決するものではありません。

>「権力は腐る」という想定は、近代の経験知から導き出された常識であります

ここから「憲法は権力を縛るもの」という考え方が「常識」として導かれてくると思います。

 二流、三流の人間は大金や権勢を得ると堕落するのは確かだと思います。

 しかし、二宮尊徳や現代でも、スーパーボランティア(超奉仕活動)の尾畠春夫さんのように世間から脚光を浴びても清貧に甘んじて自らの生き方を墨守する人がいるのは事実で、内村鑑三が『代表的日本人』で世界に紹介した二宮尊徳の他に西郷、日蓮、中江藤樹、上杉鷹山の生き方はハンパではなく、
絶対に腐ってなんかいません。
鮮度を維持し続けて、最後までフレッシュ(新鮮)だったと思います。

 また、天皇家は宮中祭祀の励行により、徹頭徹尾「無私」というのがその系譜の最大の特質をなしているものでありまして、
こういう風土の中にあっては我欲の強い政権担当者であっても、
西洋のような「国家の私物化」は不可能で、自ずと限界があるものと思われます。

 ですから、「権力は腐るもの」したがって市民はこれを監視し、憲法で厳しく縛るものというのは、西洋諸国にこそ必要であっても、
 わが国においてはあまりあてはまらないのではないかと思われます。

>貴兄はなんだかんだマイナーぶっているけど、このディスクール(安倍批判)の外に、いったん出てしまえば、メジャーな言論(安倍支持メディア)の位置に、現在は安住していられるわけです。…だからこそ、わざわ~ざ、あえて安倍批判の言説の中に分け入り、そこで批判されて、自分のアイデンティティーをひしひしと感じたい、生きる抵抗感を、ナマの皮膚感覚で感じたい、なんとなれば、お仲間の先輩たちの中ではワンノブゼムの型通りに過ぎない陳腐な言論が、アウェイ環境の中ではたちまち、独自の耀き、個のアウラを帯びるだろうから……という秘かな欲望があるのではないかなどと、最近は疑っておりますがね。

 スルドイご指摘だと思います。
おそらくその通りだと思います。

>あの混沌とした歴史を持つ国と民族を、単純なナショナリズムから、「蔑視」は、したくない。そもそもスケールがとてつもない。中国民族の自立をサポートした北一輝、大川周明、頭山満、このあたりの戦前の大型の日本人は、やはり、大したものだと思います。

 「習近平を賞賛したことはない」というのはその通りです。
 しかし、現在の膨張軍事超大国の中国を辛辣に批判されたことも私の記憶する限り、ないです。
 頭山や孫文のころの中国とは異質の共産党支配の中国をもっと批判されても当然であります。朝日新聞でさえ天安門事件、最近の香港の情勢に対して中国を批判しておりますから。

 

コメントありがとうございます。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月 2日(火)01時10分53秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  根保さんへ

「批評とは…」
適切な問いかけがないと、普段、漠然と考えてはいても、
それを言語化しないものですね。
ありがとうございました。
 

It is totally compatible with my ideas

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 7月 1日(月)00時00分33秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  ・詳細の大筋で草原さんの観方に納得ですね。
<批評>というものの在り方について、時にこのような確認も必要でしょうね。

 Myideas are greatly indebuted to your ideas.

  In no respect do we differ from each other.
 

戦争自体の総括?

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月30日(日)14時37分17秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  >戦争自体の総括

■これは大堀さん的にいうと、どういう意味になりますか?
もう少し、ブレイクダウンした説明を。


                          *


>どうも板亭さまはベクトルの向きが反転していらっしゃるようで理解に苦しみます。

■どうぞ、理解に苦しんでみてください。
南極のペンギンから見ると、北極の白クマやアザラシが地球から落ちないのは、
さぞかし不思議に思われることでしょう。

                          *

>板亭さまの執拗なまでの反権力志向は尊敬にも値しますが、
どうしてそこまでという疑問もわきあがりますので、
一度、「余はいかにして反権力の戦士となりし乎」という半生をつづる自叙伝をお書きいただきたいと思います。

■これはおかしな物言いで、「権力は腐る」という想定は、近代の経験知から導き出された常識であります。
別に、国家や、民族を問いません。
人間は小さな権力を握った時点で、目先の利益に引きずられるだろう、という想定であります。
言葉は荒く、ぞんざいになり、他者を顎で使い出すであろう、という想定であります。
自民党に、もう、名前も忘れたナントカいう女代議士がおりましたね。
自分の秘書の運転手に、「この、ハゲー!」とか、怒鳴っていた。
他者の扱い方、国民の公金の扱い方が、無神経に、荒く、大雑把に、なるんです。
たとえば、もし、わたし自身も、権力を握ったら
(これはまったく100%ありえない話でお笑いネタはありますが)、
やはり、腐る……のであろうと、思われます。

しかしこれは、権力者が悪とか、庶民が善とかいう、
勧善懲悪じみたお伽噺じみた二元論的思考の枠内の話では、まったくないのであります。
あたりまえのことですが、凡庸な庶民の中にも「権力への意志」はあります。

仮定の上で、ちっぽけな権力を握った途端、腐るであろうからといって、
権力を持っていない貧相な小市民のわたしが、権力批判をしないかというと、そんなことはない。
また、それをルサンチマンだの何だのと卑下する必要もない。
これは、民主主義、国民主権の健全な機能の枠内の営み、なのであります。
だからこそ、権力に対する「外部」の視座、
他者、国民による「監視」、すなわち批評・批判が、必要なわけです。

そこで、ジャーナリズムが一定の機能を有する言論装置として認可されているわけであります。
これは、いかにもありがちな、よくある政治現象に対する「保険」なのであります。
ところが、日本においては、記者クラブなどという、よくわからない業界ギルドによって、
アナーキーなアドリブ質問は制御され、
無力化され、去勢され、つまりは「ごっこ」の世界を演じているわけであります。



                          *

■逆にいえば、大堀さんのように、
なにゆえに、「権力批判に、かようなまでに批判的」なのか、
べつに、特高警察でも、憲兵でも、スパイでも、何でもないのに、
ネトウヨまがいの言説をまき散らして、そうそう、得意になっておられるのか。
そこに、疑問の焦点が向かわざるをえません。

とりわけ、「大逆事件」のような特集をぶつ「群系」の執筆者…でありながら、
権力批判をする者に対して、再批判的なスタンスをとるのか、
この辺の心理こそが、まるで、わからない。
そこをこそ、問れなければないらない、
説明して欲しい、と思うわけであります。

貴兄はなんだかんだマイナーぶっているけど、
このディスクール(安倍批判)の外に、いったん出てしまえば、
メジャーな言論(安倍支持メディア)の位置に、現在は安住していられるわけです。
つまり、テレビや、中吊り雑誌広告に見られる言論の性格ですね。


■だからこそ、わざわ~ざ、
あえて安倍批判の言説の中に分け入り、
そこで批判されて、
自分のアイデンティティーをひしひしと感じたい、生きる抵抗感を、ナマの皮膚感覚で感じたい、
なんとなれば、
お仲間の先輩たちの中ではワンノブゼムの型通りに過ぎない陳腐な言論が、
アウェイ環境の中ではたちまち、独自の耀き、個のアウラを帯びるだろうから……という秘かな欲望があるのではないかなどと、最近は疑っておりますがね。
いや、ほんと、いうと、かなり昔から、疑っておりますがね。
どうなんでしょ、ねー。

                          *


>国家の私物化というならば、中国共産党や旧ソ連の特権階級、トランプや習近平、プーチン、ドゥテルテをまずやり玉にあげるべきだと思いますが、
何ゆえか、板亭さまはむしろこれらの独裁的政治家は賞賛し、

■習近平は、賞賛したことないですよ。
もしあるとするなら、過去ログから引用して、具体的なコメント例を、挙げてみてくださいよ。

中共に対しても、批判したことしかないと思います。
中国の歴史・文化の中で、もし、わたしが称賛するとしたら、
老荘思想、とくに荘子、神仙思想、司馬遷「史記」、魯迅…。
そんなものぐらいですよ。

もともと教養がないから、あとは知らない。
ただ、わたしは、武田泰淳にかなり影響を受けているので、
あの混沌とした歴史を持つ国と民族を、単純なナショナリズムから、「蔑視」は、したくない。
そもそもスケールがとてつもない。
中国民族の自立をサポートした北一輝、大川周明、頭山満、
このあたりの戦前の大型の日本人は、やはり、大したものだと思います。

中国にもいい映画は幾つかありますね。
コン・リーの出た映画とか、チャン・イーモウ監督の作品とか。
いまもう、中国映画も世代を経て、ずいぶん変わっているのでしょうね。
昔の香港映画になりますが、大堀さん同様、ブルース・リーは好きです。

■しかし、話がそれたかも知れません。
要するに安倍晋三と、「トランプや習近平、プーチン、ドゥテルテ」のどこが違うかというと、
安倍は小物感がぷんぷんしすぎて、独自の政策を我は行くというような威風堂々たる風格がないのですよ。
永遠の幼稚園児、
おぼっちゃん、ぺらぺらまくしたてる低知能ボンボン、
それに忖度する木っ端役人と、
小物議員の村落政治……そんな無気力感あふれるイメージしか、湧いてこない。
嗚呼、ここまで日本は成り下がったのか~
という庶民の無自覚的なナショナリズムからして、情けなくなるようなご時世を、
あの安倍シンゾーは、作りやがった…。
それを、あえて大堀さんが崇拝するのは、勝手ですけれども。

                *


■トランプ、プーチンは、支持しています。
この二人は、いまの世界情勢をマシなものにするのに必要だと思います。
それは独裁国家だからではなく、それなりの知性と戦略を持って、
ある共同体の利益を増大させようとする意志を感じるからであります。
もちろん、トランプは個人、単体ではなく、
ペンタゴンとNSA改革派を黒幕とする相当以前からのプロジェクトの「役者」「傀儡」のようです。
ほんとの黒幕は、マーク・ミリー参謀総長であり、
一旦政権を退くふりをしたマイケル・フリン情報官、
ことによると、ロバート・D・スティール、
喧嘩別れを演じてみせたスティーブ・バノンなどもそのメンバーのようです。
いわゆるQ、Q-anonグループの実質的トップ層ですね。
しかし、そのような千両役者は、トランプではなければ、果たせなかったでしょう。
そういった意味では、トランプは、置き換えのきかない最高のアクターだと思います。

いずれにせよ、この辺の大物連は、安倍バカボンの、幼稚園的な「なんちゃって私物化独裁」とは、
大違いであります。

【大阪G20 主催国でありながら、各国首脳に無視される情けないアベ・シンゾー】
https://twitter.com/umetaro_uy/status/1144487491241558017

https://twitter.com/untilabequit/status/1144604851705225216


                          *


■ドゥテルテは、安倍との比較で、安倍よりよほど戦略的、という意味で、
当時、いまだに安倍心酔者の大堀さんを、わざわざ逆撫でするために、
わざと、持ちあげたんじゃないですかねえ。
あまりよく覚えてないけど。
純粋に賞賛しているのではなくて、安倍なんぞにくらべりゃ、
ドゥテルテのほうが、よほど人間や、世間の修羅場というものがわかっている……くらいの意味合いで。
その見解は、今も、ちィとも、変わっておりません。
 

総括!

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 6月30日(日)14時08分20秒 pb6ab7ecc.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  「総括」は私が言い出したことではなく、
『新大東亜戦争肯定論』の中で富岡幸一郎氏が「総括」を箇条書きでまとめられているのを引用したまでです。

GHQによる洗脳や押し付け憲法の総括ではなく、戦争自体の総括が必要だということです。

>「為政者は、いかにして人間を客体化、道具化、手段化、家畜化、バイオマス化できる哲学・思想・風潮・ 情緒、エートスを作ってゆくのか」 「そのマジックの手の内の構造を、客体化されつつある個々の大衆や、市民じしんが、持続的に解明すべき」

 これですと為政者は絶対に国家を私物化する極悪人で、対する市民は純朴、純粋、善男善女ばかりだということになります。

 大東亜戦争は国家、国民挙げて総力戦で戦った戦争であって、マスコミも「鬼畜米英」をあおりまくり、リベラル的な文学者も真珠湾攻撃には拳を握りしめて快哉を叫んだのは事実であります。

 昭和陛下は開戦には反対で、それを明治陛下の御製を引用して示され、開戦の詔勅にも「豈朕が志ならんや」の一言をたっての希望で挿入なさしめられたのは有名な話であります。

 出遅れたアジア進出を取り戻したいアメリカは日露戦後台頭してきたわが国が邪魔で、これとわが国の国家的利害が衝突したという側面、

 そして、400年に及ぶ白人の東亜支配を打ち破るという白人対有色人種の戦いの側面があったのでありまして、

 単に権力が国家を私物化して私腹を肥やすために戦争したというような理解は一面にもならないのではないかと思います。

 板亭さまの執拗なまでの反権力志向は尊敬にも値しますが、
どうしてそこまでという疑問もわきあがりますので、
一度、「余はいかにして反権力の戦士となりし乎」という半生をつづる自叙伝をお書きいただきたいと思います。

 国家の私物化というならば、中国共産党や旧ソ連の特権階級、トランプや習近平、プーチン、ドゥテルテをまずやり玉にあげるべきだと思いますが、

何ゆえか、板亭さまはむしろこれらの独裁的政治家は賞賛し、

逆に自国のモリカケレベルのアベとその妻昭恵疑惑、下っ端官僚の不正などを大問題にして糾弾するという倒錯を起こしていらっしゃいます。

 中国に対するコメントは根保さんの掲示板の見解に全く同意致します。

https://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 香港、台湾、沖縄が中華圏に呑吐されれば日本本土も危ういことを思えば、

 危機は迫っていますので、こちらの糾弾をこそ先鋭にするべきだと思いますが、

どうも板亭さまはベクトルの向きが反転していらっしゃるようで理解に苦しみます。


 

「批評万能主義」というよりも、「批評濫用的悪癖」

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月30日(日)07時48分57秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  >太平洋戦争の総括とは、戦争責任に限定した〈批評〉という意味合いであり、その意味で〈批評〉と言えるかもしれないが、単なる時代批評とは異なる特別の意味を持っていたのが、戦争責任の〈追及〉問題でした。

■おっしゃる通りです。
根保さんコメントにおいては、そのようなコンテキストで使われていますね。
「戦争責任の〈追及〉問題」はもう古いのであり、未来を語るべきという意味に読みとれます。
ただ、わたしのコメントでは意味を少しずらして用いているので、
そのことについて少し語らせていただきます。

>真実は何であったか、を問うことと、責任の追及、戦争当事者への批評とは、それぞれ違うまな板の上の微妙に異なる素材です。それを〈批評〉という行為一つにひっくるめるのは、批評という言葉さえ冠につければ、すべてが神になるがごとき物言いの批評万能主義の立場からの言い方であるように思います。


■わたしのコメントに限っていえば、
「批評という言葉さえ冠につければ、すべてが神になるがごとき物言いの批評万能主義」というニュアンスよりも、
もともと批評critiqueという語彙が持っている「危機意識」と「吟味・検証・見極め・価値判断」という人間レベルの営為であり、傲慢というよりも、むしろ、臆病な自意識、
あるいはバランスを欠くことに不安を感じる精神の三半規管の機能……といったようなものかも知れません。

いいかえれば、危機意識と価値吟味の好奇心が重なったような
「これ、食べたら旨いか? それとも食べたら、毒に当たって死ぬのか」という
野をさまよう飢えた獣の不安な直感のようなものかも知れない。

■「①責任の追及」、「②戦争当事者への批評」、この二つは、根保さんの指摘ですが、、
そこにわたしの場合は、
「③なぜ時代の集合意識が戦争とファシズムへと収斂されていったのか」という動的構造を解析する、
もしくは解析しようとする意志を持ちたい、という意味をも、
「批評」という言葉に加えたいと思います。
ということで、むしろ、「万能主義」というよりも「濫用的性向」のほうが当たっているかもしれません。

わたしが文芸批評で面白いと思うのは、
たかだか小説や詩というコトバで書かれた仮象のイメージ「作品/絵空事」を論じている人間が、
社会や政治や時代を語ったときに、どうなるか……というスリリングな実験現場の目撃であります。

いいかえると、自己批評と、作品批評と、社会批評(時代批評、公共的な題材を語る批評、社会戯評も含む)が、
大きさの異なる三重の三角形のように相似形をかたちづくるような可能性においてであります。
あるいは、単純に、大中小の同心円、といったほうがいいのかも知れません。

小林秀雄の美術・音楽、他の芸術諸分野のエッセイ、埴谷雄高の政治論、武田泰淳や坂口安吾の文明論、
江藤淳の随筆などにおいては、
そんな、「〈自己―文学―社会〉批評」の相似形を、しばしば感じます。
つまり、〈個〉を通してはじめて成立する他の吟味、環境の分析であります。
これは、学問とは違った(少なくとも建て前上のガクモンとは違った)スタンスであり、
もちろん、「文学」ということになると思います。
いや、むしろ、エクリチュールでありながら、
麗々しいガクモンの諸分野から排除されたガンバコ※が、「文学」という領域となる。
そこで、中心にあるタテ軸は、自己をも批評する〈鏡〉であり、批評的自意識ですね。

■下に埴谷さんの宇宙的郷愁漂う名エピグラムが引用されていますが、
彼の政治論、権力分析は、地下活動や豊多摩刑務所時代を含む個人的な体験に根差して、
そこから大きな政治現象を測量していますね。
これは内在的な類比思考、心的アナロジーの応用だと思います。古代の哲人が太陽光線の角度と小さな木の枝の影から、ピラミッドの高さを推定したように。
集団の権力心理の分析的洞察が、後に、先駆的なスターリニズム批判になった。


>批評家の真の仕事は、過去の分析や過去の解析ではなく、未来の展望にこそあるので、
展望のない批評は、過去を学ぶことで誰にでもできる、ということです。
しかし、未来への展望を抱き込んだ批評は、感性と霊感を必要とするもの。

■この点においては、
わたしの「批評万能主義」ならぬ「批評濫用主義」
(いや、「主義」というのは確信犯的な誇らしさが含まれる語彙ですから、
むしろ「汎批評的性向」(…笑)ですかね)、
あるいは、この「汎批評的悪癖」…は、
意識の「三半規管の機能」の不安感や危機感からくるものですから、
神GODというより、むしろ、地べたを這う犬dogが、暗雲にとどろく雷鳴に脅えるようなものであります。

ただ、このメニュエル氏病になりかかった野良犬は、
場合によっては、歴史のパターン、構造、「元型」の匂いを嗅ぎつけるかも知れない。
価値センサーと、恐怖センサーが、この犬の生理では通じあっている。
そして、「健康」と「不健康」の稜線、臨界線上のけものみちを、さまよっているようです。
自己と社会の自己破壊衝動に対する嗅覚は、
個人、社会、国、共同体の自己破壊衝動/「レミング化」に対する、脅え、というものでしょうか。
あるいは、「価値一元化」の圧力への不安、というようなものでしょうか。
そして、過去の歴史の中には、「未来」の元型・原型・パターン・構造が、
少なからず、刻印されていると思います。


>批評なんて偉そうに言ったところで、平たく言えば、冷やかし、言あげ、揶揄の類いにほかならない。
それを暗黙に心得ているのは、本物の批評家にほかならないのだ。

■ここまでつらつら書いたように、
わたしに限っていうなら、
「批評/戯評」は偉そうなものではなく、むしろ、精神のホメオスタシス、恒常性機能、
免疫機能…のようなものだと思います。
それは、自己破壊と自己創造が回転扉のようにバランスを崩す一線上にあり、
健康と不健康が紙一重という不安にある微妙な意識でもあります。
その免疫作用には、精神の硬直化や動脈硬化を防ぐためにも、
もちろん、「笑い」「諷刺」が必要です。
ドイツ・ロマン派には豊富にあって、保田與重郎や日本浪曼派にはあまり感じられないような
相対化の精神、イロニーとフモールは、どうしても必要です。


~以上が、
根保さんからの問いかけ

>単なる批評は必要条件だが、十分条件ではないということを、批評行為の内実について、
批評の認識の在り方を精査することがポイントだと思いますが、どうでしょうか?
批評とは何か、かくあらねばならないものは何かを、日々己に問いかける者こそが、
批評の誠実というものでありましょう。

という文章に対する、必要にして十分な「答え」、になっているかどうかは、大変、心もとないのですが…。



               *


~ところで、大堀さんのいう「総括」というのは、
根保さんの文脈とも、管理人が勝手にその言葉に含めてしまった「批評」とも、
違っているように読み取れます。
要するにGHQによる洗脳を「総括」して、押し付け憲法を「総括」して反故にしたいという、
彼のいつものオハコの話題になるのかな、これは……。

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↓ガンバコ※

原意は棺桶のこと。
棺桶の箱の意味。
管理人は、小学生の頃、鉄棒の下の砂場のビー玉遊びでよく使っていた「ガン箱」の意味で、使用している。
砂山で作ったゆるい傾斜のパチンコ台のような造型で、最終的にビー玉が、なんの成果もなく落ちて集積されていくのが
「ガンバコ」という砂の穴。

~正当なアカデミックな分野において、
それら分別されない生ごみ、燃えるゴミ、燃えないゴミ、キケン物ゴミの混沌とした諸情報、
イマージュの集積には、
「全体」と「カオス」が、暗示的に潜在している。
それを、あえて発酵、燃焼、窯変させれば、ポエジーの焔にも…。
すなわち文学、あるいは小説、文芸評論。

 

総括と追及と批評との言葉の違いと認識の違い

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 6月29日(土)18時04分24秒 KD106129201116.au-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  太平洋戦争の総括とは、戦争責任に限定した〈批評〉という意味合いであり、その意味で〈批評〉と言えるかもしれないが、単なる時代批評とは異なる特別の意味を持っていたのが、戦争責任の〈追及〉問題でした。

真実は何であったか、を問うことと、責任の追及、戦争当事者への批評とは、それぞれ違うまな板の上の微妙に異なる素材です。それを〈批評〉という行為一つにひっくるめるのは、批評という言葉さえ冠につければ、すべてが神になるがごとき物言いの批評万能主義の立場からの言い方であるように思います。

批評家の真の仕事は、過去の分析や過去の解析ではなく、未来の展望にこそあるので、展望のない批評は、過去を学ぶことで誰にでもできる、ということです。しかし、未来への展望を抱き込んだ批評は、感性と霊感を必要とするもの。

批評なんて偉そうに言ったところで、平たく言えば、冷やかし、言あげ、揶揄の類いにほかならない。それを暗黙に心得ているのは、本物の批評家にほかならないのだ。

〈では文学は何処に向かうのか〉〈現代文学とはどう位置づけるのか〉過去の批評家と言われてきた批評家は、すべて現在進行形の作家、作品と4つに組んで格闘していたものです。それによって未来の文学、未来の時代を予兆、予知し得たのであり、それゆえ価値があったと言えましょう。

単なる批評は必要条件だが、十分条件ではないということを、批評行為の内実について、批評の認識の在り方を精査することがポイントだと思いますが、どうでしょうか?批評とは何か、かくあらねばならないものは何かを、日々己に問いかける者こそが、批評の誠実というものでありましょう。


 ・死んだ者はかえってこない。生きている者は生きていることしか語らない。
      埴谷雄高「永久革命者の悲哀」より

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

戦争以外でも、しょっちゅう「総括(批評)」をやらなければ、この国は腐乱臭の中に崩落していく

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月29日(土)08時19分33秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■大堀さん、根保さん、コメントありがとうございました。

「総括」とは、大堀氏コメントの語彙ですが、
わたしのイメージする「総括――漸進的批評」とは、
単に大東亜・太平洋戦争の戦犯追及、戦争責任ではなく、
「為政者は、いかにして人間を客体化、道具化、手段化、家畜化、バイオマス化できる哲学・思想・風潮・
 情緒、エートスを作ってゆくのか」
「そのマジックの手の内の構造を、客体化されつつある個々の大衆や、市民じしんが、持続的に解明すべき」

  ―――というぐらいの意味ですね。


もちろん、なぜ、あの戦争が可能になったか、
本当に歴史的な必然で、アレ以外の歴史はなかったのか、
ということの解明も含まれております。
現に、米国との戦争が、将来的には必然だと考えていたとしても、
石原莞爾のタイムスケジュールと、東條英機のそれとは、ぜんぜん違う。

当時としては、最善の策を弄して、あの道しかなかったのだ……とかいう諦念の物語も、
一種のマインドコントロールですね。
戦後GHQの押し付けた「物語」と、洗脳の手法としては一緒です。

歴史のアミダくじの岐路、交差点は、幾つもあったはず。
時系列的に古い、新しい、ということよりも、
過去のモデルを空間化して、典型化、対比化し、
その底に潜在している元型を抽出し、未来の知恵に生かすべき、
というほどの意味であります。
~歴史にifはありえない、とかいうフレーズは、誰かにとって都合の良すぎる老獪な名言ではないか。

■大堀さんの今回の群系42号「和辻哲郎論」を読んで、
執筆者の狙いとはおそらく逆に、
なんとまあ、和辻とは、ギマン的な哲学者だったことかと実感しました。
「国民の総意」の和辻の解釈のくだりでは、思わず、吹き出しましたですわ。
この微温的曖昧化こそ、日本病だと思います。

こんなんで、よくもまあ、あの時代、ニーチェが紹介できたなァ。
和辻とニーチェじゃ、およそ、対極にある精神ではないか。



               *


■たとえば、政治家や官僚など支配層の「国家私物化」は
なにも、安倍や竹中、小泉に始まったことではないことは、下のような記事を見てもわかります。
特別会計の闇を暴こうとして、
借金で首の回らなかった在日右翼(?)に刺殺された石井紘基議員の“口封じ”殺人事件は
いまだ記憶に新しい。


【老後2000万円不足の真犯人 年金10兆円を散財した自民党と官僚80年史 】
https://www.moneypost.jp/553270


「せっせと使ってしまえ」

 戦時色強まる昭和15年(1940年)の秋、厚生年金(当時は労働者年金保険)の創設を発表する記者会見
で厚生省の年金官僚・花澤武夫氏はこう演説した。

「労働者の皆さんが軍需生産に励んでこの戦争を勝ち抜けば、老後の生活が年金で保証されるだけでなく、
いろんな福利厚生施設によって老後の楽しみを満たすことができる。年金の積立金の一部で1万トン級の
豪華客船を数隻つくり、南方共栄圏を訪問して壮大な海の旅を満喫いたしましょう」

 翌日の朝刊各紙は社会面に5段ぶち抜きで報じ、労働者年金は“夢の年金”を求める国民の声を背景に
昭和17年(1942年)に創設。2年後に厚生年金と名称を変えた。

 日本の年金制度は戦費調達が目的だったとされるが、正確ではない。年金官僚は年金資金でアウトバーンや
労働者住宅を建設した同盟国・ドイツのヒトラーの手法に倣い、創設当初から流用を考えていた。

 冒頭の「豪華客船演説」を行なった花澤氏は初代厚生年金保険課長。


■「労働者年金」→「厚生年金」
な~るほど、
このよくわからないネーミング変更は、
「労働者の金」を、「厚生省の金」にすり替えた言葉のマジックか。

>創設当初から流用を考えていた
>創設当初から流用を考えていた
>創設当初から流用を考えていた


     *


■かわりませんねー、
平成、令和の現在と……。
この国の為政者・役人は、
戦前、戦中、戦後と、
つつがな~く、一貫して、腐敗、堕落、発酵している。
万が一、横領・隠蔽が発覚したら
責任は国民ぜんたいに分散的に押し付け、
彼らだけが、いつも、“サステ~ナブル”!
ところで、佐川(宣寿)さん、元気にしてるかな?


石井紘基
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E7%B4%98%E5%9F%BA
 

太平洋戦争の総括などは、もう古い。新しい歴史観が必要だ

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 6月23日(日)16時06分4秒 KD106129213122.au-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  ・数学の公式は、単純にして美しいもの。真実の歴史に公式があるとすれば、それも単純にして美しいものに違いない。たとえ変数が二重、三重にあろうともである。例え戦争の陰にデ-プステートが深く関与していたにしても、である。

・敗戦の総括は、敗戦責任の追求に終わるもの。開戦に踏み切らず、植民地を譲って引っ込むなど当時の日本はできない相談だったことは明らか。当時の表面上の覇権争いは、黄色人種の日本叩き一色。そんな時代に軍国日本が選ぶ道は、利口に戦って有利なうちに和平に持ち込む以外になかったのだ。それができなかっただけ。

・とりわけ、世界の金融資本家の集団デ-プステートが暗躍している実態に無知であった日本の軍部、特に単純思考で国際的知識に欠けた陸軍は、グローバルな視野ではなかったのが致命的だった。

・米中貿易戦争・・・これ、実質的な戦争ですが、大国同士の覇権争い。かえりみれば、かつての日米の覇権争いと同じ図式ですよ。

・太平洋戦争も、最初は経済戦争から始まり、米国の日本潰しがきっかけ。米国が日本への石油輸出を禁止したので、日本は石油を求めて開戦に踏み切り、戦局有利のうちに終戦にもっていく算段だったのだが、陸軍の強気戦略で、終息を誤った末、長引いて敗戦にもつれこんでしまった、というのが実情です。

・日本だけが悪かったわけでない。米国の罠に嵌まった日本の単純戦略が粗雑だっただけ。

・米国は、今、かつての日米覇権争い、米ソ覇権争いの戦略を踏襲して中国共産党潰しを画策している。

・日本は、日本ナンバーワン時代も、米国の日本潰しの憂き目に遭っている。以来、日本は落ち目になって経済低迷時代に入った。米国は、ナンバーワンでないと気が済まないのだ。

・ま、大東亜戦争は、日本叩きの戦争だったのだが、中国は日本の失敗例を学ぶことだろう。米国はナンバーワンでなくては気が済まない大国なのだ。

・特に黄色人種の覇権は、白人優先大国には許し難い屈辱に感じるらしい。米国は本気で中国潰しになりふりかまわないありさま。核保有国同士のドンパチはできない相談。経済戦争の潰しあいは徹底的に白黒つくまで続きそうだ。

 ・顧みるかの敗戦の惨めさよ民主国家になりしも寂し
                   石塚 邦男

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

自国史の総括と「報道の自由」

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 6月22日(土)12時53分15秒 pb6ab7ecc.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  >ぜんぜん一貫していない。しかも、海軍は、もともと対米戦争には反対していた。 陸軍が勝手に始めた戦争には乗れないといっておきながら、真珠湾奇襲?なんじゃねそれは??

>「和」の思想? 大君の辺にこそ死なめ? ~嘘だろ。なんで、非常時に、 陸・海が分裂して、
党派争いまがいのゴタゴタやってるのよ。

 まったくごもっともで、310万人超の犠牲者を出してしかも負けて、米国お追従外交を強いられていることを思えば、その責任は甚大で、厳しく総括せねばなりません。

 そして、その総括は、戦勝国に一方的にやられたところの(極東国際軍事裁判)で十分ではなく、自分たちでしっかりと行わなければならないと思います。
 東京裁判を鵜呑みにしてしまって、戦犯にすべての罪を押し付けて戦後を終わらせてしまってはならないと思います。

 それでは、おそらくわれらは永遠に対米従属を強いられた植民地、保護国の地位に甘んぜねばならないのではないかと案じられます。

 井口氏の著作『蓮田善明 戦争と文学』はあとがきを見ますと、
隔月刊雑誌『表現者』に連載されたものに大幅に加筆されて成ったものであるらしいのですが、

その『表現者』の編集長である富岡幸一郎氏は、2006年に『新大東亜戦争肯定論』を書いて、その結論的な部分に日本人自らによる戦争の総括の必要を力説しているのであります。

 その中には板亭さまご指摘のように「陸軍と海軍の国防方針の分裂」「戦局への洞察を欠いた指導者の責任」ということが書かれています。

 「大東亜共栄圏」のスローガンが「アジア諸国のナショナリズムを承認した上での理念とはならなかった」「近代日本のアジア戦略が西洋的な帝国主義・植民地主義に傾いたこと」など否定、反省すべき点を指摘しているのであります。

 ただ、「大東亜会議」が戦後のAAバンドン会議に受け継がれたこと、東亜の白人からの解放が成ったという事実があること、特攻隊のような「日本人の危機に際しての強い意志と、大切なものを守り抜く至純の魂を垣間見ること」ができたなどの肯定すべき要素もあることを指摘しております。

 西洋列強のアジア白人支配に対する東亜百年戦争という位置づけの下に、アメリカとの対立は決定的、宿命的で「日本人にとって戦う必要のあった戦争」であること、敗れたとはいえ、東洋の民として「恥ずかしい戦争ではなかった」ことも語られなければならないことを指摘されております。

  ※

 「報道の自由」が安倍政権の圧迫によってますます失われていると訴えられてますが、
マスコミに対する不満は右側も同じで、NHKにしてもTBS,テレ朝、そして朝、毎、東京の新聞にはいいかげんにせよという記事や特集が多く、若者から見放されるのも宜なる哉と思われます。

https://www.youtube.com/watch?v=SnTutnEjtX0

ですから、安倍政権からの圧迫というより、若者の関心を引くために保守的な方針に自主的に切り替え、生き残りをかけているんではないかとも思われます。


 若者はネットに依存していますから、真実を伝えるならばネットで頑張られればいいと思います。

 中国のようにネットまで規制しませんから、日本は。(天安門事件検索不能・我が国のネットも十分規制されているとおっしゃるんでしょうがアベの悪口はどんだけでも書けます)

しかし、沖縄の声を聞け、とか言って、沖縄から米軍追い出して、中国が代わりに入ってきたら
ネットも規制され、言論の完全不自由が成立すると思います。

 香港のようにチベット、ウィグルのようになってしまっていいんですかね。(板亭さま風)
 

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