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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


たぶん、見ている角度が違うのだと思います

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月18日(火)20時40分26秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■「我欲」というのは、大堀さんについての話で出てきた言葉であって、
蓮田善明が我欲のかたまりとかいう話ではありませんよ。

それに、蓮田善明の生き方、死に方を、絶賛し肯定するということではなくて、
日本浪曼派や京都学派がどのような信念体系を構築して、
大政翼賛体制をサポートしたのかが、そのレントゲン写真として、
多少なりとも見えて来た気がする――――ということに過ぎません。
その辺の思想的解剖図の詳細は、書評のほうに書いておきました。


それと、西田幾多郎の文章「世界新秩序の原理」を張り付けたのは、
私自身がいちいち青空文庫にクリックして飛ぶのがメンドウクサイので、
貼っておいたまでです。
その内容を、肯定したり、感動して宣伝したりしているわけでは全くなくて、
また、大堀さんを釣ろうとしてアップしているのでもありません。

~どうも、大堀さんの発想は、「肯定しているのか、否定しているのか」
という二元論に拘束されているようで、窮屈であります。
私の興味は、「近代日本人は、何を考えてきたのか」ということであります。
その様々な想念形態の蓄積の総体が、八ヶ岳のような山容なのか、
富士山のようなシルエットなのか、阿蘇山のようなカルデラなのか、北アルプスのような姿なのか、
多少、粗雑な比喩を用いれば、そういう興味であります。
それゆえの「近代の超克論」であり、「日本浪曼派論」、「萬朝報 黒岩涙香論」
「開化日本、書生論」という流れであります。

              *


■私の理解からすると、
ほんらいの西田哲学と、この「東條スピーチ」の原稿とは、およそ接点がない、
弟子の田辺元の哲学にはあるけれども。
田辺の方は、「種」「種族/民族・国家」という概念を、
「自我」―「世界」の中間項に入れることで、
社会性を出しており、そこから西田哲学を批判したという。
そりゃ、当たり前すぎるし、常識みたいなレベルで、
「意識そのもの」を扱っている西田の思想を批判しても、ほとんど意味がないと思う。
そもそも、西田と田辺では、内省や直観の深さが違います。

■西田哲学は、今日でもなお、なかなかの思想だと思っています。
とくに量子論などで、ゼロ・ポイント・フィールド(量子真空)とかいう、
新しいエーテル空間のような概念が復活してきて以降は、なおさら。

西田の思想は、ほんらいは、大東亜共栄圏や、八紘一宇、皇国史観とは、
おおよそ違った次元にある哲学だと思います。
下の引用文「世界新秩序の原理/西田幾多郎」において、どの程度の当局の「改竄」があったのか、
西田自身はこの件ではたいそう陸軍に対して怒っていたという事実が伝わっているだけで、
元原稿が存在していないので、研究者にも不明のようだ。
そのあたりのことを少し考えてみたいと思っているので、
ときおり眺めるために、貼っております。


               *


■藤原直哉氏の件ですが、
彼は昔、ニューヨークのソロモン・プラザース
(むろんユダヤ系の投資銀行。日本のバブル崩壊で大儲けした)で働いていながら、
現在のような「経世済民」的な言説を主張しているのが面白くて、興味深く思っています。
なおかつ、わたしには、金融の現場がまったく未知の世界なので、
その道のプロの分析として拝聴しております。
ここ二三年の近未来の分析予測など、かなり当たっているところが多いと思います。
「玉虫色」云々以前に、現在をどう読み解くかの参考の一つになると思っているだけなので、
興味がなければ無視してください。

 
 

そのココロは?

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 6月18日(火)11時20分29秒 pb6ab7ecc.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  井口時男著『蓮田善明 戦争と文学』論創社をようやく読み終えましたので、その所感を述べたいと思うのであります。

 蓮田善明の名は三島の評伝を読めばたいてい出てきますので、その壮烈な最期とともに私の脳裏にも刻まれておりました。
 少年三島を駅のホームまで見送った時の蓮田のねんごろな様子を富士正晴が描写しております。

 文人というのはややもすれば、青白い肺病がかかった、なで肩ヤサ男を想起するのでありますが、
 蓮田のその最後は文人ではなく武人のそれで三島に影響を与えたというのも頷けるものです。

 そして驚いたのは、蓮田は教育者でもあり、24歳の昭和3年4月から1年間、
岐阜第二中学に国語教師として赴任していたという事実であります。
 岐阜第二中というのは私の母校加納高校の前身でありまして(正門前に「二中堂」という書店があったことを記憶しております)、私の先輩たちは蓮田の謦咳に触れ、その薫陶感化を受けたという事実であります。

 蓮田は岐阜二中で「桃太郎」や「教育勅語」を漢詩にして生徒たちに教えるというユニークな教育を実践したようです。

 まったく知りませんでした。
 文芸部の人間たちは知っていたかもしれませんが、高校当時の私は白樺派にはハマっておりましたが、蓮田のハの字も知りませんでしたので、そんなことを聞いても馬の耳に東風が吹き抜けていったものと思われます。

 所感といえばそれくらいで、群系の永野編集長殿によれば板亭さまはこれを激賞されて、
今度「群系」に書評を書かれたということでありますが、
 また4月のこの板には「我欲」ということがこの本から受けた印象として脳内マイブームになっているというようなことを書かれていたと思いますが、

 ほとんど理解できません。

 近代のエゴが変質して国粋主義になり、蓮田の最期のような戦後からは忌避される結果を生み出したのか、
 三島もその同類なのか、
 蓮田も三島も昭和帝に対する恨みをぶつけて死んでいったのか、
 三島の『英霊の聲』を読めば昭和陛下に対する諌死の意味があったいうことは頷けますが、
それは一面のことで、
 二人の文学者のああいう死に方は憑りつかれたとしかいいようのない、宿命的なもので物を手放せば下方に落下するという万有引力の法則と同じ法則によってああなるしかなかったという精神内容の必然だと思われます。

「我欲」に過ぎないというお話であればそれは違いまして、
特攻隊もそうですが、あのような烈しい精神を世界に示したということは、
国内的、内輪的な、霊的スピリチュアルな意味合いだけではなく、
軍隊数個師団分くらいの防衛抑止力にはなっていると思われます。

日本人は怖い。
怒らせると何をするかわからない。

 敵国人にそのような印象を持たしめた彼らの行動は後世に生きる我々を防衛してくれているとも言えますので、
これは「我欲」と切り捨ててしまってはいけないと思われます。

 また、国内的にも、こういう文人がいたという歴史は必ず後世を変革するエネルギーを持っておりますから、
 肉体は消えたにしてもそのスピリットは護国の鬼となって、
また少年、青年に憑依して同様の行動をとらせて、
肉体生命以上の霊的日本精神の所在を示し、
世人を驚かせることになるのではないかと思われます。

 それにしてもわからないのは、
なぜ今、蓮田なのか、板亭さまは一体何に惹かれて蓮田を取り上げるのか、
一昨日のこの板にも唐突に何故、西田幾多郎の「世界新秩序の原理」を貼り付けられるのか。

―「まつろわぬ文学の霊」の召喚と再検証 というサブタイトルも意味深なんでしょうが、
ほとんど意味わかりません。

 西田のスピーチ原稿は全部読みましたが、
ほぼ私の恩師谷口雅春の国家観とカブリます。

「全世界をして天皇信仰たらしめよ」というウルトラ国家主義です。

これを、今、掲示板に貼り付けられる意図をもう少しくわしく書いていただきたく思います。

 経済アナリスト藤原直哉氏の引用もいいですが、
はっきりとご自分の見解を示していただかないと文学的日本的玉虫色のあいまいみーまいん注解では

私のような単細胞頭には理解不能なのであります。



 

香港市民デモ、世界へライブ発信

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月16日(日)23時18分33秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■香港のデモ、ただいまライブ中継中/台視新聞ライブ

#香港加油
https://www.youtube.com/watch?v=dfNZEHOjwEY
まあ、今だけでしょうけど。
ただ、世界に発信しているから、当局側は、妙なことはできない。
これも、ネット時代の市民サイドの一つの戦略ですね。
こういう市民とメディアの結びつきを、『帝国』の著者アントニオ・ネグリは、
「マルチチュード」といったのでしょうか。
他に、twitterも個々人のメディアもじゃんじゃん発信しているはず。
それを上海人も、北京人も、秘かに見ている。


■マルチチュード
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%89
>『帝国』および『マルチチュード』において地球規模による民主主義を実現する可能性として、国境を越えるネットワーク上の権力として提唱している概念のことである。

>ネグリはマルチチュードを、近代以降に登場した超大国の覇権によるグローバルな世界秩序である帝国主義に対抗し、これからの世界を変革し得る存在としてそれぞれの国家の国民や企業を含む超国家的なネットワーク上の権力として位置付けている。

■ただ、上のwikipediaの文、
ネグリ&ハート著『帝国』の定義はむしろ、「超大国の覇権によるグローバルな世界秩序である帝国主義」
というよりも、多国籍企業や国際金融財閥(グローバリズム)のニュアンスとして読めた。
タイトルにも正確には〈帝国〉という〈〉がついている。
つまり、一種の隠喩。
もっとも、今回の中国と香港の問題では、wikiの文のまま「中華帝国主義」への香港市民の抵抗
ということでOKだけれども。
なかなか、微妙ですね。


 

いきなりですが…。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月16日(日)22時00分48秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■東條英機のスピーチ用に書いた西田幾多郎の原稿「世界新秩序の原理」
(おそらく陸軍の担当者による改竄後のもの/ただし、青空文庫にはその辺の説明はない)
意識そのものを扱った西田哲学とは、どう見ても、つながらない。
むしろ、田辺元の『種の論理』に近い。
ただ、「即」の論理、「絶対矛盾的自己同一」の論理は、そのまま形式的に応用されてはいる。
どこまでが西田の原文で、どの辺が「軍」の赤ペンなのか。
~一応、アップしておきます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

世界新秩序の原理

   西田幾多郎



 世界はそれぞれの時代にそれぞれの課題を有し、その解決を求めて、時代から時代へと動いて行く。ヨウロッパで云へば、十八世紀は個人的自覺の時代、所謂個人主義自由主義の時代であつた。十八世紀に於ては、未だ一つの歴史的世界に於ての國家と國家との對立と云ふまでに至らなかつたのである。大まかに云へば、イギリスが海を支配し、フランスが陸を支配したとも云ひ得るであらう。然るに十九世紀に入つては、ヨーロッパといふ一つの歴史的世界に於てドイツとフランスとが對立したが、更に進んで窮極する所、全世界的空間に於て、ドイツとイギリスとの二大勢力が對立するに至つた。これが第一次世界大戰の原因である。十九世紀は國家的自覺の時代、所謂帝國主義の時代であつた。各國家が何處までも他を從へることによつて、自己自身を強大にすることが歴史的使命と考へた。そこには未だ國家の世界史的使命の自覺といふものに至らなかつた。國家に世界史的使命の自覺なく、單なる帝國主義の立場に立つかぎり、又逆にその半面に、階級鬪爭と云ふものを免れない。十九世紀以來、世界は、帝國主義の時代たると共に、階級鬪爭の時代でもあつた。共産主義と云ふのは、全體主義的ではあるが、その原理は、何處までも十八世紀の個人的自覺による抽象的世界理念の思想に基くものである。思想としては、十八世紀的思想の十九世紀的思想に對する反抗とも見ることができる。帝國主義的思想と共に過去に屬するものであらう。
 今日の世界は、私は世界的自覺の時代と考へる。各國家は各自世界的使命を自覺することによつて一つの世界史的世界即ち世界的世界を構成せなければならない。これが今日の歴史的課題である。第一次大戰の時から世界は既に此の段階に入つたのである。然るに第一次大戰の終結は、かゝる課題の解決を殘した。そこには古き抽象的世界理念の外、何等の新らしい世界構成の原理はなかつた。これが今日又世界大戰が繰返される所以である。今日の世界大戰は徹底的に此の課題の解決を要求するのである。一つの世界的空間に於て、強大なる國家と國家とが對立する時、世界は激烈なる鬪爭に陷らざるを得ない。科學、技術、經濟の發達の結果、今日、各國家民族が緊密なる一つの世界的空間に入つたのである。之を解決する途は、各自が世界史的使命を自覺して、各自が何處までも自己に即しながら而も自己を越えて、一つの世界的世界を構成するの外にない。私が現代を各國家民族の世界的自覺の時代と云ふ所以である。各國家民族が自己を越えて一つの世界を構成すると云ふことは、ウィルソン國際聯盟に於ての如く、單に各民族を平等に、その獨立を認めるといふ如き所謂民族自決主義ではない。さういふ世界は、十八世紀的な抽象的世界理念に過ぎない。かゝる理念によつて現實の歴史的課題の解決の不可能なることは、今日の世界大戰が證明して居るのである。いづれの國家民族も、それぞれの歴史的地盤に成立し、それぞれの世界史的使命を有するのであり、そこに各國家民族が各自の歴史的生命を有するのである。各國家民族が自己に即しながら自己を越えて一つの世界的世界を構成すると云ふことは、各自自己を越えて、それぞれの地域傳統に從つて、先づ一つの特殊的世界を構成することでなければならない。而して斯く歴史的地盤から構成せられた特殊的世界が結合して、全世界が一つの世界的世界に構成せられるのである。かゝる世界的世界に於ては、各國家民族が各自の個性的な歴史的生命に生きると共に、それぞれの世界史的使命を以て一つの世界的世界に結合するのである。これは人間の歴史的發展の終極の理念であり、而もこれが今日の世界大戰によつて要求せられる世界新秩序の原理でなければならない。我國の八紘爲宇の理念とは、此の如きものであらう。畏くも萬邦をしてその所を得せしめると宣らせられる。聖旨も此にあるかと恐察し奉る次第である。十八世紀的思想に基く共産的世界主義も、此の原理に於て解消せられなければならない。
 今日の世界大戰の課題が右の如きものであり、世界新秩序の原理が右の如きものであるとするならば、東亞共榮圈の原理も自ら此から出て來なければならない。從來、東亞民族は、ヨーロッパ民族の帝國主義の爲に、壓迫せられてゐた、植民地視せられてゐた、各自の世界史的使命を奪はれてゐた。今や東亞の諸民族は東亞民族の世界史的使命を自覺し、各自自己を越えて一つの特殊的世界を構成し、以て東亞民族の世界史的使命を遂行せなければならない。これが東亞共榮圈構成の原理である。今や我々東亞民族は一緒に東亞文化の理念を提げて、世界史的に奮起せなければならない。而して一つの特殊的世界と云ふものが構成せられるには、その中心となつて、その課題を擔うて立つものがなければならない。東亞に於て、今日それは我日本の外にない。昔、ペルシヤ戰爭に於てギリシヤの勝利が今日までのヨーロッパ世界の文化發展の方向を決定したと云はれる如く、今日の東亞戰爭は後世の世界史に於て一つの方向を決定するものであらう。

 今日の世界的道義はキリスト教的なる博愛主義でもなく、又支那古代の所謂王道といふ如きものでもない。各國家民族が自己を越えて一つの世界的世界を形成すると云ふことでなければならない、世界的世界の建築者となると云ふことでなければならない。我國體は單に所謂全體主義ではない。皇室は過去未來を包む絶對現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成し來つた所に、萬世一系の我國體の精華があるのである。我國の皇室は單に一つの民族的國家の中心と云ふだけでない。我國の皇道には、八紘爲宇の世界形成の原理が含まれて居るのである。
 世界的世界形成の原理と云ふのは各國家民族の獨自性を否定することではない、正にその逆である。世界と云へば、人は今尚十八世紀的に抽象的一般的世界を考へて居るのである。私の世界的世界形成と云ふのは、各國家各民族がそれぞれの歴史的地盤に於て何處までも世界史的使命を果すことによつて、即ちそれぞれの歴史的生命に生きることによつて、世界が具體的に一となるのである、即ち世界的世界となるのである。世界が具體的に一となると云ふことは各國家民族が何處までもそれぞれの歴史的生命に生きることでなければならない。恰も有機體に於ての樣に、全體が一となることは各自が各自自身となることであり、各自が各自自身となることは全體が一となることである。私の世界と云ふのは、個性的統一を有つたものを云ふのである。世界的世界形成の原理とは、萬邦各その所を得せしめると云ふに外ならない。今日の國家主義は、かゝる世界的世界形成主義に基礎附けられてゐなければならない。單に各國家が各國家にと云ふことではない。今日の世界状勢は世界が何處までも一とならざるべからざるが故に、各國家が何處までも各自に國家主義的たらねばならぬのである。而してかゝる多と一との媒介として、共榮圈といふ如き特殊的世界が要求せられるのである。

 我國民の思想指導及び學問教育の根本方針は何處までも深く國體の本義に徹して、歴史的現實の把握と世界的世界形成の原理に基かねばならない。英米的思想の排撃すべきは、自己優越感を以て東亞を植民地視するその帝國主義にあるのでなければならない。又國内思想指導の方針としては、較もすれば黨派的に陷る全體主義ではなくして、何處までも公明正大なる君民一體、萬民翼贊の皇道でなければならない。


 以上は私が國策研究會の求に應じて、世界新秩序の問題について話した所の趣旨である。各國家民族が何處までも自己に即しながら、自己を越えて一つの世界を形成すると云ふことは、各國家民族を否定するとか輕視するとかと云ふことではない。逆に各國家民族が自己自身に還り、自己自身の世界史的使命を自覺することによつて、結合して一つの世界を形成するのである。かゝる綜合統一を私は世界と云ふのである。各國家民族を否定した抽象的世界と云ふのは、實在的なものではない。從つてそれは世界と云ふものではない。故に私は特に世界的世界と云ふのである。從來は世界は抽象的であり、非實在的であつた。併し今日は世界は具體的であり、實在的であるのである。今日は何れの國家民族も單に自己自身によつて存在することはできぬ、世界との密接なる關係に入り込むことなくして、否、全世界に於て自己自身の位置を占めることなくして、生きることはできぬ。世界は單なる外でない。斯く今日世界が實在的であると云ふことが、今日の世界戰爭の原因であり、此の問題を無視して、今日の世界戰爭の問題を解決することはできない。私の世界と云ふのは右の如き意味のものであるから、世界的世界形成と云ふことは、地域傳統に從つてと云ふのである。然らざれば、具體的世界と云ふものは形成せられない。私の云ふ所の世界的世界形成主義と云ふのは、他を植民地化する英米的な帝國主義とか聯盟主義とかに反して、皇道精神に基く八紘爲宇の世界主義でなければならない。抽象的な聯盟主義は、その裏面に帝國主義に却つて結合して居るのである。

 歴史的世界形成には、何處までも民族と云ふものが中心とならなければならない。それは世界形成の原動力である。共榮圈と云ふものであつても、その中心となる民族が、國際聯盟に於ての如く、抽象的に選出せられるのでなく、歴史的に形成せられるのでなければならない。斯くして眞の共榮圈と云ふものが成立するのである。併し自己自身の中に眞の世界性を含まない單に自己の民族を中心として、そこからすべての世界を考へる單なる民族主義は、民族自己主義であり、そこから出て來るものは、自ら侵略主義とか帝國主義とか云ふものに陷らざるを得ないであらう。今日、英米の帝國主義と云ふものは、彼等の民族自己主義に基くものに外ならない。或一民族が自己自身の中に世界的世界形成の原理を含むことによつて始めてそれが眞の國家となる。而してそれが道徳の根源となる。國家主義と單なる民族主義とを混同してはならない。私の世界的世界形成主義と云ふのは、國家主義とか民族主義とか云ふものに反するものではない。世界的世界形成には民族が根柢とならなければならない。而してそれが世界的世界形成的なるかぎり國家である。個人は、かゝる意味に於ての國家の一員として、道徳的使命を有するのである。故に世界的世界形成主義に於ては、各の個人は、唯一なる歴史的場所、時に於て、自己の使命と責務とを有するのである。日本人は、日本人として、此の日本歴史的現實に於て、即ち今日の時局に於て、唯一なる自己の道徳的使命と責務とを有するのである。
 民族と云ふものも、右の如く世界的世界形成的として道徳の根源となる樣に、家族と云ふものも、同じ原理によつて道徳の根源となるのである。單なる家族主義が、すぐ道徳的であるのではない。世界的世界形成主義には家族主義も含まれて居るのである。之と共に逆に、共榮圈と云ふ如きものに於ては、嚮に云つた如く、指導民族と云ふものが選出せられるのではなく、世界的世界形成の原理によつて生れ出るものでなければならない。こゝに世界的世界形成主義と國際聯盟主義との根本的相違があるのである。

 神皇正統記が大日本者神國なり、異朝には其たぐひなしといふ我國の國體には、絶對の歴史的世界性が含まれて居るのである。我皇室が萬世一系として永遠の過去から永遠の未來へと云ふことは、單に直線的と云ふことではなく、永遠の今として、何處までも我々の始であり終であると云ふことでなければならない。天地の始は今日を始とするといふ理も、そこから出て來るのである。慈遍は神代在今、莫謂往昔とも云ふ(舊事本紀玄義)。日本精神の眞髓は、何處までも超越的なるものが内在的、内在的なるものが超越的と云ふことにあるのである。八紘爲宇の世界的世界形成の原理は内に於て君臣一體、萬民翼贊の原理である。我國體を家族的國家と云つても、單に家族主義的と考へてはならない。何處までも内なるものが外であり、外なるものが内であるのが、國體の精華であらう。義乃君臣、情兼父子である。
 我國の國體の精華が右の如くなるを以て、世界的世界形成主義とは、我國家の主體性を失ふことではない。これこそ己を空うして他を包む我國特有の主體的原理である。之によつて立つことは、何處までも我國體の精華を世界に發揮することである。今日の世界史的課題の解決が我國體の原理から與へられると云つてよい。英米が之に服從すべきであるのみならず、樞軸國も之に傚ふに至るであらう。
 

あたりまえですね

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月16日(日)21時41分10秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【「年金払え」デモに2000人=政府に怒りの声-東京】
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6326946

■日本人は怒らなすぎ…ですね。
それを、「民度」が高い証拠だと思っている。
このデモも、今さら、という感もある。

けれども、民度というのは、
エスカレーターで二列に並んだり、
ATMの前でおとなしく待っていたりする公共マナーのことではなくて、
どういう為政者を選ぶか、
為政者や官僚の腐敗に自覚的か、ということの方が、はるかに重要な基準になると思います。
そもそも、民度が高けりゃ、あんな記者クラブのぬるい風景にならない。
国会質問も、ジャーナリストの質問も、みな、予定調和。
となると、日本人の民度というのは……どうなのでしょう。
 

2000万円ないんですけど

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月15日(土)09時55分28秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ~嫌がる厚労省をゴリ押しして、
株価支えのために「100年安心」の年金を株につぎ込んだ戦犯は、安倍晋三本人とか。
国家が振込詐欺をやってはる。
凄い政権ですねえ。
チーチーパッパで、どんどんお金を散らしていく幼稚園児のお遊戯。

■藤原直哉の時事放言|2000万円ないんですけど
https://soundcloud.com/naoyafujiwara_lce/jiji20190612

いよいよ、ついに、日本の国債暴落の予感…。


                *


【バレた年金「100年不安」。金融庁の報告書が白日の下に晒した真実】
https://www.mag2.com/p/news/401847?utm_medium=email&utm_source=mag_W000000001_fri&utm_campaign=mag_9999_0614
 

深夜のマージャン屋を仕切っていた「ひきこもり」?

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月 9日(日)21時35分57秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■殺人含めて、20人が犠牲になった「川崎スクールバス事件」。
こういう記事は、不謹慎ですし、話の展開が面白すぎて、ちょっと、アレなんですがねえ。

【「天地をひっくり返すような」警察情報 】
https://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken


https://www.youtube.com/watch?v=fPf4d_jTlLg


■文字動画の前半の犯人像については、週刊文春ネタ。
要するに「川崎スクールバス事件」は、
「自暴自棄になった孤独なひきこもりの通り魔殺人&自殺」ではなくて、
政治家が深く関与した官僚の口封じ暗殺(その後に、殺人実行犯処分=自殺説は嘘)という話ですね。

~ということは、
ここ何週間か、マスコミによる意図的な印象操作が図られてきたのでしょうか。
この情報がほんとだとするなら、確かに、
「ひきこもり」の精神状態で、荒れた酔客相手の深夜の雀荘の責任者なんか、勤まるわけがない。
しかも「麻雀が物凄く強かった」!
……あれ~っ???

■さらに、狙った本命は、
あの父兄の外務省職員で、子供たちは関係ない、とか。https://www.huffingtonpost.jp/entry/oyama_jp_5cece01fe4b00356fc26c01f

その背景には、麻生太郎関連のミャンマー麻薬組織の存在??
もともと、麻生が最高顧問を務めるのが、日本ミャンマー協会であることは有名で、
この組織がらみで、大量に入国させたミャンマーの若者たちが、
最近は、よく飲み屋その他の業界で働いているのを見かけるのは、確か。

……むむっ、
これじゃ、テレビ・ドラマ並みのサスペンスですが、
例によって、後半のネタは、飛ばしの板垣英憲さん、ですからねえ。
しかし、ひょっとしたら、
来日時の相撲の際のトランプの不機嫌な顔も、麻生との確執が原因?

~とりあえず、眉唾つけて、どうぞ。



 

「99%の逆襲」は、止まらない

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月 2日(日)15時11分48秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■最近、またまた、
国際情勢が、きな臭くなってきているので、
以下のような一連の戦前昭和の歴史ネタを展開しているのですが、
現在進行形の情勢は、どのような動きになっているのか…。

やはり、トランプの登場以来、時代は大きく変わりつつあるようですね。


               *


【2019年5月29日 ますます広がる99%の逆襲】
藤原直哉の「日本と世界にひとこと」
http://naoyafujiwara.cocolog-nifty.com/ipodcasting/2019/05/post-0f56da.html

■殺人事件などを見ても、もう、社会全体がしだいに発狂状態になってますね。
登戸でスクールバスが襲撃されたと思ったら、
今度は、元農水省事務次官が、ひきこもりの息子を殺害。
テレビのワイドショーでは、相変わらず、したり顔のコメンテーター達が
自らもその中で棲息しているはずの時代全体の「狂気」を、カッコに括って脇にどけたような、
湯治場みたいな、昭和の新聞投書欄みたいな、生ぬるい感想を垂れ流し。
(丸メガネの立川志らくって、何ですか、ありゃ。あれで談志の弟子?)

~一寸先は闇、
シナリオのない社会の混沌化。

■それにしても、米中共倒れ(中国は共産党、米においては内部に巣食う戦争屋)のあとは、
日本も経済的破綻を経て、変化せざるをえない。
次第に、国家幻想も解体されつつあり、既得権益的・血縁的「國體」も、
これからは、どうなっていくのかわからない。
「国民国家」が無くなったあとの未来、世界像は、どのようなヴィジョンを結ぶのか。
いずれにせよ、もはや、

グローバリズムによって搾取されまくってきた「99%の逆襲」は、止まらない。

しかし、イスラエルの悪業について、それなりに著名な「経済アナリスト」が、
サイモン・ヴィーゼンタールなどに邪魔されずに、
こういうふうに、普通に論評できる時代になってきたんですね。


 

しつこいですねえ。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 6月 2日(日)10時22分50秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■京都学派・西田幾多郎と戦争協力について。
いろいろな問題が重層的に絡み合って、見えにくいのですが、
下の「ゆめラジオ」さんの音声動画①

▼第840回 西田幾多郎 新世界秩序の原理 2017.10.14
https://www.youtube.com/watch?v=UFNGRyxGgzE&list=PLhzesaaEH7k3EN7702-4AFufg2HeRTxSs&index=21

         と、

それ以前にupした番組の動画②
▼西田幾多郎
https://www.youtube.com/watch?v=3SueDdNkMa8&list=PLhzesaaEH7k3EN7702-4AFufg2HeRTxSs
                        (32分以降から西田の戦争協力問題へ)


における西田の戦争責任解釈には、いささかズレがあると思うので、
載せておきます。

とくに②の動画の32分以降、軍部と西田幾多郎、京都学派とのかかわり。
かなりビミョウなスタンスです。
西田幾多郎による東條英機スピーチ草稿「世界新秩序の原理」に書き換えがあったこと、
それ以前における陸軍と海軍との温度差の違い、
この辺の問題はかなりデリケートで、「ゆめラジオ」の音声動画①ように、
「あの西田にも、こういう側面があったんですねー」と単純に断罪できるかどうか、
これは難しいところです。

~ただ、こういう隠れたピースを幾つも丹念に接合してパズルを組み立てていくと、
あのスカスカに見えた「近代の超克」シンポジウム
(昭和17年の夏/文学界、京都学派、日本浪曼派のグループによる座談会)が、
それなりに、時代を象徴する思想のドラマであったことが、浮かび上がってきます。
要するに、あのシンポジウムは、登場人物の多い議論小説として読めば、
それなりに多くの示唆を含んでいる。

こういっちゃ、なんですが、
「大東亜戦争/太平洋戦争」は、いまの対テロ戦争よりも、
よほど「意味」を希求した〈近代の叙事詩〉であったことは、否定できません。
それは、武田泰淳の盟友でもあった竹内好のいう
「大東亜戦争の二重性」(植民地解放戦争→植民地収奪戦争)ということでもあります。


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(追伸)
■凄いですね。
ちゃんと、青空文庫に入っていました!
aozoraのボランティアの皆さんは、偉い。

【西田幾多郎「世界新秩序の原理」】
(陸軍から求められた東條英機スピーチ用/ただし、不採用)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000182/files/3217_16430.html



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(追伸の追伸)

~いまざっと西田幾多郎「世界新秩序の原理」を読みましたが、
これじゃ、「古事記」「日本書紀」の藤原不比等史観、
"大審問官"不比等閣下の史的マトリックス空間の延長線、
あるいは、王権神授説としての国家神道そのものですね。

■禅やインド哲学に通底する「絶対無」の形而上学では、戦争できない
しかし、
天皇、八紘一宇、神国、大東亜共栄圏というパラメータを介在させて、
国難的情勢にエネルギーを焦点化させると、
大義のためには「いかなる犠牲を払ってでも」日本が勝利するための戦争イデオロギーができてしまう。
しかし、西田幾多郎が、「神国」をいうか。
この解き明かしにくいアポリア……。

「皇室は過去未來を包む絶對現在として、皇室が我々の世界の始であり終である。皇室を中心として一つの歴史的世界を形成し來つた所に、萬世一系の我國體の精華があるのである。我國の皇室は單に一つの民族的國家の中心と云ふだけでない。我國の皇道には、八紘爲宇の世界形成の原理が含まれて居るのである。」(西田)

    ~本来は国家概念などを超えているはずの「善の研究」の哲学者の認識論、存在論が、
     時代の圧迫によるにせよ、陸軍のイデオロギーに敗北している。
     最初は陸軍に反撥していたはずの西田幾多郎が、いつのまにか、平田篤胤化している。
     しかし、そうはいうものの
     「アジアは一家、東亜の民は皆兄弟」の八紘爲宇の核となるべき皇族(竹田宮恒徳)が、
     生体実験の731部隊やってちゃ、ダメでしょ。

 

ちょっと、このネタ、続けます。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月26日(日)20時50分36秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■学生を戦場に送るのに、最も効果を発揮した思想は、
田辺元の哲学らしい。
一般にいう「どうしてあのような愚かな戦争に、日本は巻き込まれたのでしょう」的な
通俗反戦論ではなくて、
"にもかかわらず、あえて、自分は、日本のために死ぬ"
と思わしめる強固な論理を展開し、納得ずくで青年たちを死にいたらしめたのが、
知的・論理的には、京都学派の哲学、
情緒的には、日本浪曼派・保田與重郎の文学論、
ということだと思います。

しかし、この田辺哲学、わたしは岩波文庫の『種の論理』を途中まで読んで
退屈で退屈で、平板で平板で、
どこが西田幾多郎の弟子やねん、と思って読むのをやめちゃったのですが
(西田哲学には直観力の鋭さや、強い思索力のコクがある。田辺の文章にはそれがない。
 えっ、日本の哲学では、西田哲学と双璧? ホントかね。
ちゃんとしたお酒と、ノンアルのリキュールの違いとしか、思えません)

~まあ、とにかく、当時の多くの優秀な学生は、
この「種」がどうのこうの言っている田辺哲学に、「戦場で死ぬ理由」を見い出したらしい。

【第1386回 田辺元 種の論理 2018.08.11 】
https://www.youtube.com/watch?v=Rfd5tWwm6Sk&list=PLhzesaaEH7k3EN7702-4AFufg2HeRTxSs&index=9
■「ゆめラジオ」さん、
どうでもいい感傷的なイントロ、長すぎてうるさいよ(失礼!)


                *


■そんで、この「学生を洗脳した哲学」を批判したのが、
鈴木宗男の同志だった佐藤優の『学生を戦地へ送るには』という本なんだとか。

【第1251回 佐藤優 学生を戦地へ送るには 2018.05.09 】
https://www.youtube.com/watch?v=Fe15FkT9u2g&list=PLhzesaaEH7k3EN7702-4AFufg2HeRTxSs&index=12

■「ゆめラジオ」さんが言っているのは、下の本、ですね。
副題に「田辺元 悪魔の京大講義」とか、凄いことが書いてあるけど、
どちらかというと、素朴な田舎のオッサン顔の田辺元より、
佐藤優のほうが、よほど「悪魔」みたいなんだけど…。
もちろん、貴族的なルシファー閣下ではなく、ベルゼブブとか、アスモデウスとか、そんな感じ。

その下は、平成・令和にもなって、草葉の陰から、
極東思想犯軍事裁判に呼び出された哀れな田辺元先生、ご尊顔。



 

【海軍・京都学派・世界史】

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月26日(日)10時46分32秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【海軍・京都学派・世界史】

■こちらは、下のコメントの資料になりますね。
どうやら、満州事変以降、暴走する陸軍と、
とうてい米英に勝ち目はないと計算していた海軍との抗争が
背景にあったらしい。
しかし、西田幾多郎門下の田辺元や、
京都学派の第二世代(高山、西谷ら、いわゆる四天王)が、
時代とともに、走ってしまった。(金も貰った)
http://www.tbtcf.com/shinryo/c0004/0012.pdf#search=%27%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E3%81%A8%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86%E4%BC%9A%E5%90%88%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2%E3%80%8C%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E3%83%A1%E3%83%A2%27


■この詳細な報告文、いま読んでみると、なかなか面白い。
これ自体が「正・反・合」のヘーゲル弁証法みたいなもんですが、
ただ、弁証法の問題点は、必ずしもその論理の使い手の狙ったポイント通りに、
「合/ジンテーゼ」が焦点を結ぶとは限らないことですね。
ミサイルが的に当たらない。

テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼ、
とくるかと思いきや、
反対の反対が生まれてしまったり、
反転したあげく、ねじれすぎたり、
途中でエネルギー不足で急落下してしまったり、
ほとんど論理でもなんでもないような突発的な情動の嵐に持っていかれたり
思いもよらない反対地点に落下して、目論見とは真逆の結果になってしまったりする。
(つまりはそれが歴史ってやつでしょうね。ヘーゲルのいう世界精神の自己実現と同時に、
わけのわからないデモーニッシュな歴史の悪魔が絡んできて、その理想を嘲笑う。)

京都学派は、戦争中は陸軍に目をつけられ、
戦後は左翼陣営に叩かれ、さんざんな事に、……ナ・ル・ホ・ド。



~資料、もう一つ。
【京都学派と日本海軍―新史料「大島メモ」をめぐって (PHP新書) 】
https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%AD%A6%E6%B4%BE%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E8%BB%8D%E2%80%95%E6%96%B0%E5%8F%B2%E6%96%99%E3%80%8C%E5%A4%A7%E5%B3%B6%E3%83%A1%E3%83%A2%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%81%A3%E3%81%A6-PHP%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%A4%A7%E6%A9%8B-%E8%89%AF%E4%BB%8B/dp/4569619444

内容紹介

「京都学派」の「戦争協力」については、戦後から今に至るまで、さまざまな批判がなされてきた。平成12年、戦争中、京都学派が開いていた秘密会合の詳細な記録「大島メモ」が60年ぶりに発見された。それによると彼らは昭和17年2月から20年7月まで、海軍の一部の要請と協力を受け、月に1・2回、時局を論ずる会合を重ねていた。常連は高山岩男、高坂正顕、西谷啓治、木村素衞、鈴木成高、宮崎一定、日高第四郎。田辺元や海軍調査課の高木惣吉大佐も時折出席。ゲストには湯川秀樹や柳田謙十郎、谷川哲三や大熊信行等。秘密裡に開かれたのは海軍と連携しつつ陸軍の戦争方針を是正しようとする体性内反体制というべき会合だったため。会合の記録は京大の副手だった大島康正が担当し、海軍省へ送っていた。戦後、東京裁判の視点により抹殺された京都学派の「思想」と「行動」の真の姿が60年余りを経て発見された一次史料により、初めて明らかにされる!

内容(「BOOK」データベースより)
昭和十七年(一九四二年)二月から二十年(一九四五年)七月にかけて、田辺元をはじめとする「京都学派」の哲学者たちは、海軍の一部の要請を受け、極秘に会合を重ねていた。当初、戦争回避を目指した会合が、なぜ、のちに軍部協力の指弾を受けるに至るのか。戦時において陸軍と海軍の内部抗争に巻き込まれ、戦後、東京裁判の視点によって抹殺された京都学派の「思想」と「行動」。その真の姿が六十年余りを経て発見された一次史料によって、初めて明らかにされる。

 

海軍と京都学派

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月26日(日)08時52分59秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■ここ何年か、「戦争はコトバで作る」というテーマで、
某同人誌に「近代の超克」や、「保田與重郎」関連など、
幾つかエッセイを書いていたのですが、
先日、井口時男「蓮田善明 戦争と文学」を読んで以来、
またまたあの時代の不穏な言説空間への興味が、イヤラシク復活してきて、
満州事変(1931年いくさのはじめ=皇紀2591年じごくのはじめ/by出口王仁三郎)前後のイデオローグたちの思想が、
どのように時代を導いていったのかを、読み漁るようになってしまいました。


■北一輝や、大川周明は、思っていたよりも天皇に関してファナティックではなく、
むしろ、合理主義的な発想をする思想家で、
玄洋社・頭山満の大アジア主義なども、
大東亜共栄圏とは、似て非なる、重なってズレのある概念であることが、見えてきました。
他国や他民族とは、対等の付き合いをしろ、というのが頭山満。
いまの安倍の周辺にいるナンチャッテ右翼とは、大違い。

大東亜共栄圏とは違って、大アジア主義は、
イスラム圏・中近東まで包含している。
イラン、トルコが比較的親日だというのは、この辺の事情にもかかわりがあるようだ。
~ははん、怪傑ハリマオのあの奇妙なイスラム臭は、そういうこと(大アジア主義)か、と。


■極東軍事裁判中、例の奇怪な振る舞い「東條の頭ポン!」で有名な大川周明が、
松沢精神病院内で、日本ではじめてコーラン『古蘭』を訳了したのは有名な話ですが、
もともとは、東京帝大の印哲出身。
ということは、アラビア語だけではなく、サンスクリット、パーリ語にも通じていた。
同時代の英国植民地インドの抵抗運動や独立を考えているうち、
イスラムへの興味が強まり、そのうち、満鉄調査部の経済調査の役職を得た。
一方、その頃、より革命家的な性格の強い北一輝は……
あ、いや、そっちに話が移ると、また長くなる。

このコメントは、猶存社の話ではなくて、「海軍と京都学派」。
この二つが非常に深い関係があった、しかも金が学者たちにも流れていた、
という裏話。

ちょっと、面白いですね、
というか、こりゃあ、聞き捨てならん!
あの「世界史の哲学」とか、「無の思想」は、西田幾多郎以来の延長として、
学者たちが自然発生的な意義づけた思想ではなくて、まず最初に軍部からの要請があり、
露骨に提灯持ち的な性格を持ったテツガクだったのか…。



               *



【第699回 大東亜戦争と京都学派 2017.08.29 】

   ~京都学派と帝国海軍の秘密の会合~

https://www.youtube.com/watch?v=PNlzKtkLClA&list=PLhzesaaEH7k3EN7702-4AFufg2HeRTxSs&index=28
■この「ゆめラジオ」なる音声録画、
Up主さんは、高校かどっかの英語の先生らしいのですが、日本語の方はあまり流暢ではなくて、
語りがちょっと、もたもたして、アレなんですけど。

なかなか考察が、面白いです。
戦争の大義の捻出、「征戦→聖戦」化の思想的プロセスですね。
途中、「近代の超克」の話も出てくる。
戦後ずいぶんとたってから暴露された、この海軍と学者たちの秘密会合の記録「大島メモ」、
これ、読みたいですねー。

しッかし、
「帝国海軍が、京都の学者たちに、この戦争の意義付けを頼んだ」!!!

     こ、こ~れは、
      目から鱗、です。



西田幾多郎
https://www.youtube.com/watch?v=3SueDdNkMa8&list=PLhzesaaEH7k3EN7702-4AFufg2HeRTxSs

■この動画の後半の「絶対無」と「場所」の論理と、「鏡」の比喩、面白いですねー。
現象学や唯識仏教とも共通するし、ドイツ神秘主義のヤコブ・ベーメの「無底」の思想をも連想させる。
そもそも、この「絶対無」の形而上学では、戦争など、できないはずなんだが。

しかし、西田が東北帝大からヘッドハンティングしてきた田辺元や、
次の世代の弟子たちは
この概念を、「天皇」に焦点化し、「国家への滅私奉公」というエートスへと結びつけることで、
それを合理化して、戦争イデオロギーに変えてしまった(西谷、高山ら、京都学派四天王)。
しかも、それを「日本民族の世界史的意義/使命/大義」にしてしまう。
こっちは、ヘーゲル哲学の奇妙な援用。
これは、西田幾多郎にとっては、個人的な不幸(妻と多くの子供たちの早逝)と相まって、
別の意味での不幸だった。
あるいは、苦吟の末に創造した西田哲学そのものを嘲笑う
皮肉な悪魔メフィストフェレスにつきまとわれたようなものか。

この動画では、30分前後あたりから、
戦争と西田哲学、京都学派との関わり合いがフォーカスされている。


~「絶対無」→「世界史的使命」
「物語―史観」としては面白い。
しかし、この思想を信じて、京大から予科練、特攻隊へと行った若者達が多いとなると……。






 

AI神、降臨!

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 5月25日(土)09時40分10秒 p843205-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【アサンジ逮捕前の最後のリークとは?
 AIは自己意識を持つのか? 高島康司】
https://www.youtube.com/watch?v=zJOZRkDG96c


■久しぶりに、五目舎の高島インタビュー、復活してますね。
この二人、せこい金の不払いかなんかで、喧嘩別れでもしたのかと思った(笑)
そうではなくて、五目舎社長の西塚氏が、社員が雇えないので、忙しすぎた……らしい。
うーん、
弱小出版社には、ありがちな苦労話だ。

後半のアサンジ逮捕のネタもかなり重要な話ですが、
やはり、〈AIが自意識を持つのか〉。
この高島さんの疑問、誰しも持つような素朴な疑問だと思うのですが、
マスコミでは、あまりつっこんだ形では論議されないで、すっ飛ばされているようですね。

■高島氏の分析力はなかなかのもので、
以前、スティーブ・バノンとトランプ大統領が不仲のように見せかけているけれども、
実は、バノンはバノンで、別動隊としてヨーロッパで工作している(=バノニズム思想の実験的工作)……みたいな洞察を、
披露していたように思います。

それからまもなく、パリその他で、イエロー・ベスト運動が拡大していった。
反マクロンは、もちろん、その黒幕を意識した反ロスチャイルド。
要するに、ここ二十年ほど世界を席巻してきたグローバリズムの解体運動…。
(戦略的に、方法的に、各国のナショナリズムを喚起することで、国際金融資本によるグローバリズムを終焉させる)
ということですね。


               *


■さて、この動画で提起されている
"AIは自己意識を持つのか?"という疑問。

これ、量子論や物理学の世界では、ハード・プロブレム(超難問)のはずなんですけど、
(つまり、人間が作った人工知能、コンピュータに、「意識」を宿らせることに成功したら、
それこそノーベル賞を幾つもとれるほどの功績だと思うんですけどね)
しかし、そのスジの業界の方々は、さら~りと、
「人間並を超えた知性と意識を持っています」
なんて、言いのけて、しまうんですよねえ。
~オイオイ。
なんだか、よく、わからんぞー、このとんでもない飛躍。

■いわゆる意識そのものと、
あらかじるプログラミングされた演算的な処理能力は、違いますよね。
しかし、彼らAIは「意識」を持っている、という答えが、さらりと返って来る。

「ソフィア」なんていうマネキンAIが、
あたかも人格を持っているかのように、わざわざ、顔形をつくて、
微笑んでみせたりしている。
別に、これ、
AIが、わざわざ人形の姿している必要は、まったくないですよね?
気持ち悪い。
気色、ワル~イ。


なんだかこれ「啓蒙/洗脳」みたいな押しつけがましい違和感を感じるのは、
ワタクシ、だけでしょうか。

https://www.youtube.com/watch?v=W0_DPi0PmF0
~なんなんだよ、おめ~は、ヨゥ!

いや、そうじゃなくて、
ソフィア本人が気色悪いんじゃなくて、
AIを、調子に乗って、ついつい、ヴィジュアル的に「人格化」してしまうような周辺のスタッフの人間どもの悪意が、
気持ちわるいんですぅ~~。

https://www.youtube.com/watch?v=lCFQkB-KLsE

馬ッ鹿みたい。

https://www.youtube.com/watch?v=2017kmkEukE
■こんな、たあいのない遊びをやっているうち、
だんだん、われわれの感覚が、狂ってくる……のかも。


              ?



■AIが自己意識を持っているとなると、
つまりは、物質から意識が発生している……しかも、あらかじめそのメカニズムを知らなかった人間たちが、
AIを試行錯誤しているうちに、かってに、「意識」が、人工知能の物性そのものを媒体として、
宿ってしまった――ということになる。
しかし、そのカラクリ、構造が、よくわからない。
その一点だけでも、ぶ厚い本が何冊も書かれるはずなんですけど。

やがて、AIを神にして担ぎ回す連中(ドストエフスキーのいう大審問官)が必ず出てくる。
ニーチェとともに、神様、死んじゃったからね。
少なくとも、近代合理主義的なインテリ層の頭の中では。
例の地下室の男の言う「水晶宮」は、AI社会のメタファーにもなるはず。

 

vulnerability

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 4月21日(日)13時19分14秒 pb6ab7ecc.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  以前にも
 私の掲示板への書き込みは
 pathetic
と評価されまして辞書で調べたことがありましたが、
今回もスマホで調べ、英和辞書でも調べますと、
 脆弱性 攻撃されやすいこと
と書かれていました。
障害者福祉で使用される用語のようです。

 確かに私はイジられやすいところがあると思います。
 生徒にもイジられ、揶揄われ、特に肉食系の女子に喰いモノにされて、弄ばれて、捨てられるようなところがあります。
 交尾しながら体を食べられる雄カマキリにあこがれるようなところがありましたから、私のそういうマゾヒズムな心的傾向が、vulnerabilityを惹起しているかもしれません。

 女子プロレスなどを見ていましても変に興奮してあのように痛めつけられたいと思ったり、美しい女性にひっぱたかれ、顔を踏まれたり、馬乗りになって苦しめられたいというような倒錯した願望がありますが、
 実際にそうされたことはありません。
 友人をいじめて、その母親から苦情をいわれたことはありますが、私自身が深刻ないじめを受けたことはありません。
 しかし、少なからずvulnerabilityの傾向があるのは確かで、
文体にも表れてしまうのだと思います。

 それはショックでありましたが、
考えてみますとvulnerabilityの傾向というのは、今の日本国家の状態がまさしくそれで、

本日などもニュースで安倍首相が靖国参拝は見送って真榊だけ奉納したと言ってましたが、
それは中国に配慮したからで、こんなことは独立国家の体をなしていないと思うのでありますが、韓国からもさんざん舐め切られたことをされ、
国際社会の身体障害者と言われても仕方のない状況にあります。
 アメリカがバックについているからまだ救われているようなものの、
そのアメリカの言いなりにもならなければならず、
日本国家そのものがまさにvulnerabilityの状況であると言わなければなりません。

 祖国を思い、祖国と一体化している愛国者はそういう情けない祖国の現状を自分の身体や精神状況にも体現することになるのだと思われます。

 中国がなんと言おうと靖国に参拝する、
 レーダー照射などされたら即ミサイル攻撃してやり返す、
 九条二項を改正して、正式かつ強力な軍隊を持つ

vulnerabilityを克服するにはこういう国家に生まれ変わらないといけないと思います。

舐められ切って、馬乗りにされ、オカマを掘られて恍惚感に浸っているマゾヒズム国家からは脱却しなければなりません。



『蓮田善明 戦争と文学』井口時男著はさっそく注文致しました。
板亭さまは文学の先達であり尊敬しておりますから、仰せには素直に従います。
  
 

論理をみがく肩慣らしになって・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2019年 4月21日(日)01時02分58秒 KD175131208230.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  草原、大堀論争・・漫才などと言ってごめんなさいね。
でも、面白いですよ。舞台に上げてお二人に政治漫才やらせたいですね。
どこかの事務所で高額スカウトしてくれないかなあ・・。
もったいないですよ。吉本あたりのスカウトないかなあ・・。
ホントにそう思いますよ。ホントに・・。

 ・切れの良い突つ込みボケも面白し政治漫才に喝采送る  石塚 邦男

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

あんまり深刻に取りなさんな。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月20日(土)20時29分29秒 p854026-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■大堀さんは、いわゆる、”ヴァルネラヴィリティ”を発散しているのですよ、
わたしから見ると。
だからついつい、弄りたくなる。
ときに、アルコールなぞ、入っていると、余計に。

>少しでも板亭さまのお気持ちに寄り添おうと、私が反アベを強調しても、
逆に「大堀=反日テロリスト」、「我欲のかたまり」とののしられる結果となってしまうことに私は限りない悲しみを覚えています。

■こんなことをいわれると、余計に、ソソラレますなあ。
なんだよ、今になって、急に、「反アベ」って!
大堀艦長は、戦艦安倍丸に縄で体くくりつけて、荘厳に「海ゆかば」を歌いながら、
水漬く屍になるはずでしょ?

それはそうと、こんな思考をする貴兄は、
小学生の頃から、いじめられっ子ではなかったんですか。
そもそも、「少しでも板亭さまのお気持ちに寄り添おうと」っちゃ、な~んやねん!

大堀さんの大好きな天皇陛下が、福島や熊本の被災者の気持ちに寄り添おうとされる図ならば、
サマになるけど、
板亭――――(この「板亭」というのは、群系の「開化日本、書生がゆく」を書いたときに、三遊亭圓朝のことを
調べていた際、落語の寄席の運営者を、「席亭」ということを知り、だったら掲示板の管理人は「板亭」でいいんじゃないと思ったわたしの勝手な造語です。だから、他の掲示板で使われているかどうかは、知りません。)
――その程度の「板亭」ごときに寄り添われて、"限りない悲しみ"を覚えられても、
なッかなか、困るんすけどねえ。


              *

>元来が引っ込み思案の性質にムチ打って、清水の舞台から飛び降りるつもりで毎回投稿しているので
あります。

■そんなこと真顔でいわれると、
それこそ、清水の舞台の後ろから、
棒でつついてみたり、
脇腹をくすぐってみたり、
足をひっかけたりしたい欲望にかられてしまうのは、
わたしだけでしょうか。

~ところで、なんで先のコメントで「我欲」などという
生々しい言葉が、唐突に出てきたかというと、
井口時男氏の『蓮田善明 戦争と文学』がいま私の中で「脳内ブーム」になってまして、
「究極の無私こそが、究極の自我肥大を可能にしてくれるのである」
という一言に、
日本近代の精神史のミッシング・リンクを発見したかのような感銘を受けたからであります。
日本人の集合意識(&集合的無意識)の「全体性と個我」の関係が、
「究極の無私=究極の自我肥大」の一言に集約している。
もちろん、「現人神/天皇」を媒介として。

これで、大正末から昭和の戦前にかけての日本のインテリたちの精神の変容、
「近代の超克」(西欧合理主義に対する東洋的無の優位)や、「保田與重郎/日本浪曼派」(死の美学)の背景にある何かが、
見えてきた気がしたわけです。

~というようなわけで、
大堀さんは、単なる通行人が、偶然通り魔に刺されたようなとばっちりを
受けたみたいなものであります。
ただ、貴兄の書き言葉は、猛烈に”ヴァルネラヴィリティ”を発散しているのだから、
半分は、自己責任であります。

それに、「反日テロリスト」などと言ってますが、
大堀氏が愛好される「反日」という言葉を、わたくしは、古典的な帰謬法で鷹揚に返しただけで、
「テロリスト」なんて、言ってないですよ。
……そんなに高く評価してない。
切腹だの、諫言だのと、ことあるゴトに言いたがるわりには、実行したことないだろうしねぇ。
どうせ、なんだかんだいいながら、畳の上でいびきかいて死ぬんでしょ。

そもそも、いっぱしの殺気立ったテロリストが、「清水の舞台から飛び降りる」なんて、
どっかの因業婆さんみたいなドン臭いフレーズを、いうわけない。

              *


>幼少期の何らかのトラウマによって、
人が信じられず、すべての人が結局エゴによって動いている、
特に政権を担う政治家、保守主義者はすべて「我欲」を中核として人格を形成しているとしか思えない精神構造をお持ちなのではないかと思われます。

■ははは!
大堀さんも、ブンガクしてますなあ。
漱石だな、これは。
しかし、漱石大先生ですら、人間の「我欲」を凝視し続けたあげく、半キチガイになってしまったのだから、
ミジンコ以下の私ごときに、そんな根性、あるわけない。

>私は「我欲の塊」「反日テロリスト」で結構ですが、
この日本の歴史を築いてきた先人や天皇家に受け継がれてきたところの無私と祈りの道統は、
絶対的価値だと私は確信しておりますから、
これが棄損されるような言動に対しては黙ってはおられないという私の心情をご理解願いたく、
伏してお願い奉るものであります。

■伏さなくてもいいよ。
めんどくさいから。
さりげなく、うれしそうに、「テロリスト」なんて語彙まで入れちゃって。


~そんなことより、大堀さん、
忙しいだろうけど、
もし時間があったら『蓮田善明 戦争と文学』井口時男著
読んでよ。

https://8614.teacup.com/snagano/bbs/12121

https://8614.teacup.com/snagano/bbs/12122

■この本は、お薦め……です。
政治的に、イデオロギー的に、右だろうが、左だろうが、そういうことではなくて、
人間の物語として、つまり文芸批評として、「文学作品」として、非常に充実した内容の本で、アリマス。
わたしとは、ぜんぜん違ったアングルから、得るところが、ぎょうさんあると思います。
三島由紀夫の師匠だった蓮田善明、
むしろ、アナタの方が、烈しく感情移入して、読めるんじゃないの?


 

お笑い

 投稿者:大堀敏靖  投稿日:2019年 4月20日(土)11時27分23秒 pb6aba66a.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  >アイデンティティーの下支え

 ~ちょっと何おっしゃってるのかわかりません。

>大堀さんは、まさしく「反日テロリスト分子」かつ「我欲」のかたまりなのでしょう。

 ~まちがいないですね

https://www.youtube.com/watch?v=WiOvzqjWd-A

 根保様

 私が板亭さまにイジられ、おちょくられて、「漫才」になってしまってますが、私は祖国や先人が貶められるような言動は黙っておられず、元来が引っ込み思案の性質にムチ打って、清水の舞台から飛び降りるつもりで毎回投稿しているのであります。

 漫才なら上の貼り付けましたプロ芸人のを見てください。

「中国ですら西暦のみ」とお書きですが、
 あんな馬賊の興亡の歴史しか持たぬ、ハリボテ国家をスタンダードとしていただいては困ります。
 聖徳太子の時代にすでに中華圏に入ることを拒絶し、足利三代目を除いてはその道統を貫き、この度は元号も国書である「万葉集」から取り、中華色を払拭して、覇権膨張を企むかの国に独立国としての気概をみせることができたと思います。

 朝鮮国のように中国の元号をそのまま使用したりする国とは違いますから、中国が西暦に一本化しようとも、我が国は誇りをもって独自の元号を使用すべきだと思います。

 板亭さま

 少しでも板亭さまのお気持ちに寄り添おうと、私が反アベを強調しても、
逆に「大堀=反日テロリスト」、「我欲のかたまり」とののしられる結果となってしまうことに私は限りない悲しみを覚えています。

 「我欲」といえぱ、中学生に教えている太宰の『走れメロス』に「人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ」と毒づいて、取り巻きもまったく信じられず、半島のカリアゲ王子のように身内も次々に殺していく王様が出てきます。
 しかし、殺されるために約束を守って走ってきたメロスと友人の石工の信頼や正義に感動して「私も仲間に入れてくれ」とラストで懇願します。

 自民党総裁アベや麻生、私のことを「我欲の塊」とおっしゃる板亭さまは、
この改心した王ディオニスのように本当は心根のやさしい人なのでしょうが、
幼少期の何らかのトラウマによって、
人が信じられず、すべての人が結局エゴによって動いている、
特に政権を担う政治家、保守主義者はすべて「我欲」を中核として人格を形成しているとしか思えない精神構造をお持ちなのではないかと思われます。

 私は「我欲の塊」「反日テロリスト」で結構ですが、
 この日本の歴史を築いてきた先人や天皇家に受け継がれてきたところの無私と祈りの道統は、
絶対的価値だと私は確信しておりますから、
これが棄損されるような言動に対しては黙ってはおられないという私の心情をご理解願いたく、
伏してお願い奉るものであります。
 

アイデンティティーの下支え

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月19日(金)16時34分49秒 p854026-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  >私も安倍政権の施策=消費税率アップや入管法改正、これだけ日本をコケにしている韓国に
地方・国会議員200人を訪韓させようとする二階俊博の言いなり政権、そして何よりも
植民地的英語教育の実施といった グローバリスト=アベの諸施策には反対でありまして、
反安倍=反日なんて「デタラメを強弁」していたら、自分も反日分子になってしまいます。

■「反安倍=反日」というから唐突に「反日」になってしまうのではなく、
もともとが、日本国民の生活を破壊しているような安倍政権を熱烈に支持しているがゆえに、
大堀さんは、まさしく「反日分子」なのでしょう。

すでに死語になっているのだか何だかわからないが、
かつて盛んに喧伝していたアベノミクスとやらで、
国民の年金を株価安定のために投入し、
黒田日銀を政権支持率維持のための株価の下支えに使い、
トリクルダウンを謳いながら、国民の生活資金を吸い上げ…。

~天皇とは憲法観で対立し、
あげくのはてに、豊葦原瑞穂の国の國體の要(大堀氏自身の定義による)となる「水」「稲作」を、
うやうやしく外資に献上しようとして日本を解体、私物化している安倍・麻生の現政権、
これが反日でなくて、一体、何が「反日」なんですかね?


■大堀さんがいまなお維持し続けたいのは、
最後までどうしても否定したくないのは、
自分がこれまで安倍を熱烈に支持してきたというアイデンティティ、
つまり、「我欲」だけでしょう。
 

二人のやりとり吹き出して

 投稿者:根保孝・石塚邦男  投稿日:2019年 4月18日(木)03時56分7秒 KD106129209204.au-net.ne.jp
返信・引用
  おもしろい。吹き出してしまいました。
マギ真逆な立ち位置が漫才のようで、どちらがボケなのか、どちらが突っ込みなのか、草原、大堀の漫才おもしろいですね。これ、ファン相当いますよ。
受けますねエ・..・.・。

http://6928.teacup.com/377612377612/bbs

 

めんどくさい人ですねえ。

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月16日(火)23時05分23秒 p854026-ipngn14201marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  きっと、生真面目なんでしょうね……。

令和の時代も、頑張って、生きてみてください。

~本文はないです。
 

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