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沖縄における朝鮮人の歴史について知りたい方は、「『哀号−朝鮮人の沖縄戦』福地廣昭著・月刊沖縄社」を
読むとよいでしょう。この本の著者・福地廣昭は、沖教祖を設立した沖縄出身の朝鮮人で元教師です。
現在は『沖縄人権協会』の理事長をつとめています。
戦後の沖縄で、反日運動の中心的役割を果たしてきた人物で、朝鮮総連や韓国民団と関係の深い人物です。
福地廣昭は、朝鮮人問題に対して異常なまでの関心を示していますが、これは彼自身が朝鮮人だからです。
福地の父親が沖縄に移住した朝鮮人なのです。彼の母親は沖縄人です。つまり、福地廣昭は朝鮮人と沖縄人の混血なのです。
沖縄に住み着いた朝鮮人の『歴史』に興味のある方は、前述の『哀号 朝鮮人の沖縄戦』を読めば、いろいろと興味深い
事実を知ることができますよ。本屋でこの本が入手できない場合は、公立図書館に行けば読めます。
『哀号 朝鮮人の沖縄戦』は、朝鮮人自身(福地廣昭)によって書かれた貴重な本です。
戦後の沖縄社会に潜伏し、沖縄人に成りすましている朝鮮人について詳しい情報が書かれています。
『哀号 朝鮮人の沖縄戦』(1986年 月刊沖縄社より発行 定価1800円)
http://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/101102569
沖縄でよく語られる「日本兵による沖縄住民虐殺」という事件にも、彼ら朝鮮人軍夫の関与があったのではないか、
という疑惑が浮上しています。つまり、沖縄住民を虐殺したのは日本軍人ではなく、朝鮮人軍夫である、と。
実際、終戦時の沖縄には、3千人以上の朝鮮人軍夫が生き残っていたが、彼らが戦時中どこに隠れて、何をしていたのか、
ほとんど知られていません。彼ら自身も語ろうとしません。
「日本兵が沖縄住民を殺害した」という話も、彼ら自身が宣伝している可能性が高いです。
朝鮮人軍夫は、軍服のような作業服を着用していましたが、彼らは『朝鮮人部隊』とも呼ばれていました。
我々は、真実の歴史を明らかにしなければならない。
『哀号−朝鮮人の沖縄戦』の22ページに、興味深い記述があります。
沖縄県・名護で時計店を経営している(なぜか、沖縄には時計店を経営する朝鮮人が多い。那覇市・国際通りの時計店は全て朝鮮系です)
権藤福蔵という在日朝鮮人の証言が書かれているのですが、昭和5年に『朝鮮互助会』という団体が設立され、50人以上の朝鮮人が
所属していたらしいです。定期的に那覇市内で集会を開いていたそうです。
この本には、「警察の命令で設立された」と書かれていますが、もちろんウソでしょう。
警察がそのような命令を出す理由はありませんから。
おそらく、『朝鮮互助会』は、戦前の東京に本部を置いていた朝鮮人の秘密組織−『朝鮮会』の沖縄支部でしょう。
『朝鮮会』は、戦後の『朝鮮総連』の基礎になった秘密組織であり、日本共産党と関係が深い団体でした。
関東大震災の時に、関東に住む朝鮮人の暴動・犯罪活動を指揮したのも、どうやらこの『朝鮮会』のようです。
『朝鮮会』は謎が多い組織ですが、これから日本人の歴史学者の研究によって、その実態が明らかにされていくことでしょう。
『哀号−朝鮮人の沖縄戦』の23ページには、戦前の沖縄-八重山郡・西表島にも朝鮮人が住んでいたという記述があります。
『哀号−朝鮮人の沖縄戦』は、いわゆる反日本ですが、我々日本人にとっても興味深い戦前の沖縄に住んでいた朝鮮人の「秘密の歴史」が
記されており、また戦後に沖縄女性と結婚し、帰化申請して沖縄名になり、そのまま沖縄に定住した朝鮮人たちのことが述べられています。
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