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  1. アーカイブ(0)17/03/09(木)01:13
  2. 足あと帳(0)17/03/06(月)17:35
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*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


忘れたころに、張っておきます。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月27日(日)08時01分37秒 p1654242-ipngn15701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【Trance・BBS・EXPRESS】---------------文芸掲示板のかわら版----------------◇


「群系掲示板」           http://8614.teacup.com/snagano/bbs

「関東文芸同人誌交流会の掲示板」  http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

根保孝栄の文芸掲示板        http://6909.teacup.com/nebo/bbs

全国文芸同人誌評掲示板       http://6928.teacup.com/377612377612/bbs


「カプリチオ掲示板」        http://6910.teacup.com/capricciolitera/bbs
 
 

『純粋小説論』 横光利一

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月27日(日)05時02分45秒 p1654242-ipngn15701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  「もし文芸復興というべきことがあるものなら、純文学にして通俗小説、
このこと以外に、文芸復興は絶対に有り得ない、と今も私は思っている。」

~という言葉から始まる『純粋小説論』という横光利一の評論の問題提起は、
いまもそのまま、生きていますね。

たとえば、「内向の世代」の衰弱と、
中上健次(それ以前に大江健三郎)以降に見られる小説における遠心的なダイナミズムの希求、
その流れを受けて、村上龍、村上春樹へと展開される「物語構築」の復興、
そして、あたかもその風潮への反撃のような
車谷長吉の作品における私生活をも破壊するようなラジカルで求心的な「私小説」の再定義化。

(これらの模索はすべて、昭和10年の横光の危機感の射程内で先読みされていた戦後の小説家たちの試行錯誤です)


               *

■この『純粋小説論』という論文じたい、
タイトルをはじめとして、一語一語の言葉の定義が、かな~り、アヤシくて、
いちいちツッコミを入れたくなるヘンな文章の連続なのだけれど
当時、志賀直哉とは別の方向で「小説の神様」として仰がれ、
「純文学の旗手」視されていた横光の危機感は、直接伝わって来る。

(最初の一文においても、「純文学」「通俗小説」といきなり出てくるが、この意味が曖昧。
そもそもジイド発祥のはずの「純粋小説」の定義すら、結局、横光個人がどうとらえているのか、
よくわからない。
さらに、その最たるものが、「第四人称」なるものの提唱。この論文のわかりにくさは、
内輪の符号・符牒、いわばその時節の文壇用語でできているせいか)


『純粋小説論』横光利一
https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/2152_6546.html



■私のイチャモンが不当かどうか、
引用してみます。

>「今の文学の種類には、純文学と、芸術文学と、純粋小説と大衆文学と、通俗小説と、およそ五つの概念が巴ともえとなって乱れているが、最も高級な文学は、純文学でもなければ、芸術文学でもない。それは純粋小説である。しかし、日本の文壇には、その一番高級な純粋小説というものは、諸家の言のごとく、殆ほとんど一つも現れていないと思う。純粋小説の一つも現れていない純文学や芸術文学が、いかに盛んになろうと、衰滅しようと、実はどうでも良いのであって、激しく云うなら、純粋小説が現れないような純文学や芸術文学なら、むしろ滅んでしまう方が良いであろうと云われても、何とも返答に困る方が、真実のことである。

>「それなら、いったい純粋小説とはいかなるものかということになるのだが、この難しい問題の前には、通俗小説と純文学の相違を、出来る限り明瞭めいりょうにしなければならぬ関所がある。人々は、この最初の関所で間誤間誤まごまごしてしまって、ここ以上には通ろうとしないのが、現状であるが、それでは一層ややこしくなる純粋小説の説明など、手のつけようがなくなって、誰もそのまま捨ててしまい、今は手放しの形であるのは尤もっともといわねばならぬ。しかし、考えてみれば、純文学の衰弱は、何と云っても純粋小説の現れないということにあるのであるから、文壇全体の眼が、純粋小説に向って開かれたら、恐らく急流のごとき勢いで純文学が発展し、真の文芸復興もそのとき初めて、完成されるにちがいないと、このように思った私は、危険とは知りつつ、その手段として、純文学にして通俗小説の意見を数行書いてみたのである。」



  ~まあ、何とも凄い文章ですね。
   さすが、新感覚派!


                *



■ただ、「横光の危機感は、直接伝わって来る」との印象は、
上の引用にも感じられるのではないでしょうか。

今回、谷崎論(群系40号 谷崎文学における「幇間的ニヒリズム」の生命力/「武州公秘話」論)
を書いてわかってきたのは、
『純粋小説論』[昭10]の前に、芥川・谷崎の「筋のない小説」論争[昭2]が控えており、
さらに『純粋小説論』を受けて、小林秀雄『私小説論』[昭10]が書かれているのではないか
ということですね。
この三つの論(あるいは論争)は、正三角形の三つの角のように、
拮抗しあいながらそれぞれの明確な意味と位置を持っている。

つまり、この問題圏とは、作家の表現主体(自我)と、想像力の問題※であり、
そこに物語論も、小説論も、文学論も、「本格小説―私小説」論も、、
すべて包含されている――と思われるわけであります。



※この「想像力」をあえて定義すれば、
              「作家の生活圏と生活圏外の双方のイマージュ群を、有機的に総合し、
               特定の主題の元に、一連の因果関係として整列させうる構想力・構築力」
                   ぐらいの意味です。





追伸

-------------wikiからの引用コピペ------------------------------------------

純粋小説論

1935年(昭和10年)1月、この年新設された芥川賞の銓衡委員となる[68]。4月、「純文学にして通俗小説、このこと以外に、文藝復興は絶對に有り得ない」と説く「純粋小説論」を『改造』に発表、『紋章』での「私」を「自分を見る自分」という「四人称」であると説いた[69]。

また「日本文学の伝統とはフランス文学であり、ロシア文学だ。もうこの上、日本から日本人としての純粋小説が現れなければ、むしろ作家は筆を折るに如くはあるまい」と書いた。「純粋小説論」はこの頃に翻訳が出たアンドレ・ジッドの「贋金つくり」の意識的なメロドラマ性が影響している[69]。

1935年(昭和10年)8月から12月にかけて『東京日日新聞』・『大阪毎日新聞』に「家族会議」を連載し、東京と大阪の方言を対比させた。
 

私小説は絶滅しない

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月26日(土)06時15分10秒 p1654242-ipngn15701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■ロック音楽と神なき時代のファシズム~20世紀後半のカウンターカルチャー
~みたいな話を、
YouTube動画の引用メドレーで書き込もうと思っていたのですが
(ロック・ファンとワグネリアンはよく似ている。ロックコンサートは、ニーチェの言うディオニソス的乱舞と熱狂)
先週から今週にかけてバダバタしていて、
『群系』の谷崎論(幇間の話)と、『カプリチオ』の小説の入稿が重なり、
何だか疲れてしまって、そのままになってしまいました。

               *


>私のような私小説的な感覚は絶滅危惧種です。(小川原さん)

■私小説は、べつに絶滅危惧種ではありませんよ。
滅びるだの、時代遅れだのと、自嘲しながら、
同人誌なんて、どこもかしこも、いまだに私小説ばかりではありませんか(笑)
文学における自民党清和会、ぐらいの生命力がある。

~まあ、ほんとうは加藤京子さんの『月の爪あと』にしても、
「物語があるから面白い」とか、そういうことではなくて、そこに時代の象徴性があるかどうか。
この作品についても、ロック談義ばかりではなくて、
横光利一の『純粋小説論』の問題提起「物語―純文学」まで話をつなげたいところではありますが…。
なにせ、エネルギーがない。


 

(無題)

 投稿者:小川原健太  投稿日:2018年 5月26日(土)01時51分53秒 137.041.hinocatv.ne.jp
返信・引用
   ロックや各務原の話しも中断しちゃって寂しいですね。管理人はどうしちゃったのかな。各務原が話題になっていたとき、私もそこに文学の仲間がいたので、知っているか訊ねたかったが、いくらなんでも分からんだろうと書かなかった。

 奥村潔〈本名 名畑昌一。処女作品集「水の町」(昭和61年菁柿堂)〉。東京では開成高校の先生をしていて、葉山修平と同僚だったことから、我々の同人雑誌で一緒だった。その後、郷里に戻って、各務原高校(?)の教師をしていた。吹奏楽部の副顧問をしていて、本人も小さいときから音楽(器楽)には親しんでいた。父が音楽の先生で新しい楽器を開発したとか。吹奏楽の副顧問の苦労、音楽への思いは、加藤さんのロックとは異なるが強いおもい込みがある。

彼には兄姉がいたが顔は知らない。というのは、両親は満州で結婚。父は兵隊にとられるが、兵隊ゆえに帰国は早くできた(シベリア抑留はまぬがれて)。母は幼い兄姉を連れての逃避行で大変な目に遭い、子ども二人を死なせてしまう。彼は、母が帰国して父の郷里(郡上八幡)でできた一人っ子であった。
 さっきから吹奏楽部の副顧問と書いたのは、正顧問が音楽の先生で、かなりのピアニストらしくコンクールが近づくと音楽室に鍵をかけてこもり、部の指導や授業もやらないでピアノに打ち込む天才肌の女性であったようだ。副顧問の彼は、非常に真面目な教師で、部活の指導、正顧問との葛藤、音楽の指導者として力不足とか生徒との人間関係、コンクールでいい成績を目指してのがんばりとかがテーマになった。

 彼が東京から郷里に戻ったのは、母を思う気持ちからであったと思われる。父は芸術家肌で家庭を顧みないような人、母は苦労して彼を育てた(開成高校の教師だから成績は優秀であった)。そういう田舎の境遇に反発し、自由を求めて東京に出たが、結局母の元に戻る。彼が戻ってほどなく母が他界する。
 同人誌の合評会に出ても、明日は授業があるからと2次会に出ないで各務原に帰る人であったから、親密に長く話し込んだ記憶はないが、私には、各務原に遊びに来てくれ、酒もいいのがあるしなんて話しになり、私もそのうち行くからなんて言ってたのが、なんと彼自身急な病で亡くなってしまった。
 彼が亡くなって、追悼の文集に、私も、「母を呼ぶ声―奥村君の「水の町」を読んで―」と30枚近いものを書いた。その文集は発行されたのかどうだったか。こっちの同人で作成したのではなく、各務原の教師仲間が編むことになって、そっちへ送ったのが、結局完成しなかったのかどうか記憶がはっきりしない。私にとっても幻の原稿になってしまった。

 彼の音楽に対する情熱は一途であり、それは小説に対する思いでもあった。音楽の開眼は父譲りであるが、家庭を顧みないで音楽に打ち込む父(母が亡くなって、じきに再婚する)にたいする反発など、恵まれた環境にない屈折したものもある。吹奏楽部副顧問としての喜怒哀楽など、かなり私小説的であるが、決して暗いじめじめしたものではない。「水の町」は「郡上八幡」だが、タイトルのごとく舞台、風土、お祭りのことなくとかよく描かれている。そこでの初恋の女の子とか、東京での年上の女性との性の目覚めとか、若い感性はとてもいいものを持っていた。

 そういう彼のものに親しんだ土壌があったせいか、加藤さんの「月の爪あと」の、リューとかハマとかカタカナの名前の多用、占星術の女が出てきて運命が予測されるような話はどこの国の話しだろうと違和感を初めに感じてしまった次第。ロックを聴くには田舎育ちでと時代が少しばかり早すぎた。だから波長が合わないというだけで、物語のおもしろさということで決して否定的に評価するものではない。私のような私小説的な感覚は絶滅危惧種です。みなさん圧倒的に「月の爪あと」を賞賛されたように、これからの時代の感性は、こうでなければならないだろうということは感じます。
 長くなってすみません。このところこの板がずいぶん止まっているので、一気に書きたいように書いた次第です。もともとは、各務原で教師をやっていた奥村潔って、もしかしてもしかして知らない?という話しだけだったのだが。


 

ロックな生きざま?

 投稿者:加藤京子  投稿日:2018年 5月14日(月)19時51分42秒 h180-200-105-164.user.starcat.ne.jp
返信・引用
   ロックには人生のある時期特有の、こう、何かが炸裂した一瞬みたいな記憶が付随していて、今や失ったものを懐かしむ気分にさせられますね。この一瞬のために何もかも失くしたっていいや、と思った時が、誰にもあったのではないでしょうか。
 目の前でジェフ・ベックにこれでもかというギター・テクを見せつけられ、ぶっ飛んで訳が分からなくなってコンタクトレンズを無くしてフラフラで帰ったり、ストラングラーズ(ロンドン・パンク)の暗いサウンドに生まれて初めて暴力衝動のようなものが芽生え、ステージに突進していって、警備員に投げ飛ばされたり…恥ずかしいです。

「スタンド・バイ・ミー」久しぶりに聴いて、しみじみしました。大堀さま、ありがとうございます。
 奥田英朗さんてかた各務原の出身なんですね。お陰様で無料の部分読んじゃいました。各務原は特徴のない町ですよねー。でも中学?の頃までは岐阜大学農学部の広大な土地があって、雑木林や長い並木道を早朝などに歩き回り、いろんな空想に耽りました。今も各務原に近づくと山が見えて綺麗だなと思います。

 管理人さま、アメリカのショウビズ界の魑魅魍魎を掘り起こしてはなりませぬ。リヴァーは映画界での躍進と自らの純粋な理念との矛盾で苦しんだと思います。腐りきったあの業界に清新な風を通すはずだった人なのに。無念です。
 私はまず彼のお母さんが問題だったのではないかと思っています。きっと愛情深い理想家肌の女性なのでしょう。でも、近づいたら洗脳されそうでちょっと怖いです。リヴァーの生前からお父さんはコスタリカの自然の中へ逃げ別居状態でした。彼女は、リヴァーの死後実力派俳優として名を成している弟のホアキンがアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたとき、会場で一緒に満面の笑みで写真に納まっています。
 リヴァーはロック・バンドを結成していました。音楽でその理想を語ろうとしていました。演技や音楽へのインスピレーションを得るためにドラッグをやったようです。決してジャンキーではありませんでした。フラワー・チルドレンだった親が、わが子のすべてを自分たちの理想で支配しようとした、これがその結果だったのではないかと私は考えています。
 

田舎のロックンローラーの話

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月14日(月)09時54分48秒 KD182250254011.au-net.ne.jp
返信・引用 編集済
   札幌を中心に苫小牧、千歳にも昭和40ー50年代背の高い美男子のロックンローラーが活躍して居て、グループバンドを組み高級キャバレーや高級ダンスホールで演奏、当時の金で月100万は稼ぎ若い女の子の人気者だった。

 ある日、私の近所の病院長が電話して来て、「キャバレーに出ている男のバンドがどんなものか見学したい。一緒に行ってくれないか」というので、夜、案内したことがあった。その医師は真面目な学究肌の方で、夜飲み歩くことがなく、夜の巷には疎かったのだ。。

 医師の目当ては、札幌の女子大に在学している娘さんが付き合っているロックンローラーのギターひきの青年の様子を見てみたいということなのだが、母親が早く亡くなり、男手ひとつで育て上げた娘さんの将来を心配してのことだった。娘が好きになった若者だが、ギターひきの男と一緒になってやっていけるのか、安定した生活ができるのかと将来を心配してのことだったろう。

 私もその娘さんが小さい子どもの頃から知っているので、ロックンローラーと付き合っていることは街で見聞きして、心配していたのだ。悪い男ではないが、女の子にモテモテなところが心配だった。だが、医師から意見を求められてもいないのに意見を言うことでもあるまいと、ただ案内しただけであった。

 娘さんとロックンローラーの若者はやがて一緒になり、産まれた子を連れて親子三人幸せそうに歩いているのを街で見かけたが、そのうち時代が変わり、ロックでは食えなくなり、二人は離婚したと風の噂に聞いた。

 ・わが街のロックンローラー人気者女子の追つかけ引きもきらずや   石塚 邦男
 

夭折のスーパー・アイドル

 投稿者:大堀敏靖(現各務原住民)  投稿日:2018年 5月14日(月)01時49分10秒 pb6aba66a.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
   「スタンド・バイ・ミー」

https://www.youtube.com/watch?v=pHa4pvspCqc

映画観ましたが、少年たちが線路を辿っていく妙にリアルな話だったことしか覚えてませんが、この中の白い半袖シャツの少年ですね、加藤さんが嵌られたのは。

 妙に顔が出来上がってます。

 複雑な背景を背負い込んであんないい顔になっていたのですね。

 23歳で麻薬中毒死のようですが。

 残念なことだったと思います。

 私の場合は、(Bruce Leeは)知ったときはすでに亡くなって半年経過してましたから、すでに完結したものを時間差でたどっていく形でしたが、加藤さんの場合はショックだったのではないかと拝察申し上げます。

 しかし、夭折のヒーローはlegendとなって、永遠に若さを保って記憶の中に存在します。
 老いさらばえて、老醜をさらしてイメージを損ねるよりは、eternal idolとしてふさわしい生き方,死に方だったかもしれません。



 私小説ではないにしても、経験や思索から生み出されたものだそうですが、地元各務原は多少は「風土」として作品の中に影響があるのか(皆無としか私には思えませんが)、

 そして、体験から編み出されたものとすれば、バンドを組んで音楽をやっていたとか、ニューヨークなどの生活体験がおありなのでしょうか?

 直木賞作家の奥田英朗は各務原に実家がありますが、『田舎でロックンロール』という随筆を書いてロックに嵌った中高生時代のことを面白く書いていました。

https://bookmeter.com/books/8337809

リヴァー・フエニックスもロックに通ずる何かをもっていたのでしょうね。


 

根保さまへ

 投稿者:加藤京子  投稿日:2018年 5月13日(日)23時29分0秒 h180-200-105-164.user.starcat.ne.jp
返信・引用
   最近のカプリチオの私の短編たちへのご批評、ありがとうございます。
 自作の中で示したかったこと以上のものをいつも汲み取ってただき、嬉しいと同時に身の引き締まる思いです。
 かつて私小説らしきものを書こうとしたこともあるのですが、結局は作ってしまうというか、粉飾してしまい、やはり向かないのだなと思いました。それでも、これまでに書いたものはすべて私の経験や思考の中から出てきたものである以上、確実に人生の一部だと感じています。
 

『スタンド・バイ・ミー』

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月13日(日)21時07分8秒 p1654242-ipngn15701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  『スタンド・バイ・ミー』(1986年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%BC

■リヴァー・フェニックスって、そんな凄い役者だったんですか。
最近では、この『スタンド・バイ・ミー』出身のコリー・フェルドマンが、
ハリウッドのやばい闇の部分を暴露して、物議をかもしていたのは、知っていましたが。
https://joshi-spa.jp/777040
~まあ、これを追っていくと、ヒラリーやビル・クリントン、バイデンあたりにもつながり、
むしろステープン・キングの小説よりも、グロテスクな怪談になる……とか。

そもそも、ハリウッドとか、あの辺は、
ポランスキー監督『ローズ・マリーの赤ちゃん』の頃から
シャロン・テート事件みたいな変な事があるわけで、
フラワー・チルドレンとその後というのは、
ベトナム戦争や、ケネディ暗殺(それ以前にも、日本への二つの原爆投下)に呪われておかしくなった
アメリカの業という、なかなか重たいものがあるわけですね。

■この流れが、CIAのマインド・コントロール実験とか、
小児性愛ネットワークとか、
悪魔教会のアントン・ラベイや、マイケル・アキノとか、
近年死んでから暴露されたヒース英国元首相や、変態爺ィのジミー・サヴィルの私生活
(ビートルズからブリティッシュ・ロック、パンクまでの著名DJ/チャールズ皇太子の親友でナイトの爵位受勲)とか、
英国王室の裏話とか、英米を超えた怖ろしい話と繋がって来るんだとか。

~知りませんけどね、どこまで、このネットの「風説」が、ほんとかどうか。
まあ、とにかく、人間というのは、なんとも面白いもの……ですね。
(ちと、このまとめには、無理があるか…)
 

小説発想の動機  加藤さんのお話から思いました・・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2018年 5月13日(日)11時10分50秒 KD182250254011.au-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  ・そうなんだ。小説の発想、動機は、人によって違い、とてつもない発想もあるので、私小説的に考えることが、如何に陳腐なものかが理解できますね。

  ・小説を読む楽しみは発想の原点探る楽しみと知る                  石塚 邦男
 

そして、その後

 投稿者:加藤京子  投稿日:2018年 5月12日(土)22時21分24秒 h180-200-105-164.user.starcat.ne.jp
返信・引用
   リヴァーの生涯を見届けたいと私は常々思っていました。こういう理念を持った人がどんな風に人生を全うするのだろうかという好奇心です。けれど彼はずいぶん若いので、当然私のほうが先に逝ってしまう、ああ、残念…と。それが、まさかこんな結末を迎えようとは。

 彼の死について様々な憶測が飛び交いました。殺人で捜査もされました。自殺だという人々もいました。多くのセンセーショナルな記事が書き立てられました。クリーンなポーズをとっていただけの堕落した若者だと中傷する声も少なからずありました。
 ある若手男優が言いました。「自分の周辺ではみんなドラッグをやっている。やっていないと言っても、皆やっているんだ」

 彼がドラッグをやっていたからといって、彼のこれまで言ってきたことが私の中では少しも汚れたりはしませんでした。せっかくの成功を棒に振るほど、またなんで度を越してしまったのだと、やたら腹立たしかった。若さからくる無謀さを愛しく思い、また憎みました。

 記事によるとリヴァーの母親は、息子をマスメディアを使って世界を変える救世主と捉えていたようです。あの子は伝道師のはずだったけれど、殉教者になった、と語っています。
 なんという美しい迷いごとでしょう。けれど母にさえそう思わせるものを彼は持っていた。私だって彼に夢を託した。彼は何かが違う。世界中の人々のそんな思いを背負って、彼は生きていたのです。


 もうお分かりのように、「月の爪あと」などの、私がこの二十年?ほどの間に気が向けば書き続けてきたパピルスの物語は、リヴァー・フェニックスという存在に触発されて始まりました。
 彼、そしてその背景にある様々は私の内に刻み込まれ、死ぬまで消えないでしょう。本当の意味で、彼は私のアイドルそのものなのです。


 あ、大堀さま。私のこれまでの人生は平凡そのもので、取り立てて語るほどのものは何もありません。書く物はすべて想像で成り立っております。悪しからずご了承くださいませ。


 
 

アイドル

 投稿者:加藤京子  投稿日:2018年 5月11日(金)19時24分10秒 h180-200-105-164.user.starcat.ne.jp
返信・引用
   アメリカ映画『スタンド・バイ・ミー』(1986年)を公開当時劇場で観た私は、主演の4人の少年のうちの一人でボス格のクリスを演じたリヴァー・フェニックスに惹きつけられました。まだ声変わりも完了していないのに妙な風格があり、そのくせ時折見せる繊細な表情、思慮深いまなざし…私自身が当時子育て中だったこともあり、こんな感性豊かな子に育ってほしいという、まさにリヴァーは私の理想の子ども像となりました。彼はその演技力、ユニークな存在感を買われ、その後も順調に映画に主演し続けました。


 彼の生い立ちはかなり独特でした。生まれたのはオレゴン州なのですが、いわゆるフラワー・チルドレンだった彼の両親は幼いリヴァーとその4人の弟妹たちを引き連れ、「チルドレン・オブ・ゴッド」というカルト教団に属しながら中南米を放浪していました。この宗教団体が子どもや未成年者に教義として性関係を強いるようになったため、一家は離脱してロサンゼルスへ移ります。そして両親は、貧しさから脱却するべく子どもたちをショウビズの世界へ送り込んだのです。そうした放浪生活がリヴァーの感受性を育てたのでしょう。インタビューを読むたび、その賢さ、哲学的、詩人的な物言いに感心させられました。彼の背景に似たテーマを持った出演作品に『モスキート・コースト』(1986年)『旅立ちの時』(1988年)があります。いずれも魂が揺さぶられる演技です。

 一家は厳格な菜食主義者(ビーガン)でした。リヴァーが言うに、「人間がほかの動物から勝手に命を奪うのは、凄く尊大なうぬぼれ」なのだそうです。彼はいつも映画スターらしくなく、一貫して反ハリウッドで、おしゃれにも関心がなく、環境問題や動物実験の反対を訴え、自身、自然保護のために熱帯雨林を買っていました。バブル真っ只中のことだったので、稀有な若者として実に清冽に感じました。

 ところが1993年、突然ハリウッドの路上でリヴァーは息絶えてしまいました。23歳の若さでです。検死の結果、致死量のコカインとヘロインのミックスを摂取したためと判明しました。

 長くなってしまいましたので、今回はこれくらいにしたほうがよさそうです。
 
 

~ふふふ…。

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月 8日(火)20時17分27秒 p1654242-ipngn15701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  ■これだから、掲示板というのは、面白いですね。
どこに話題が飛んでいくのか、わからない。
 

ビックリです

 投稿者:大堀敏靖(現各務原市民)  投稿日:2018年 5月 8日(火)11時40分43秒 pb6aba66a.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
   今年いちばん驚きました。

 全然、作品と結びつきません。
 地元各務原からあのような作品世界がどうして生まれるのか、
 まったく想定外の驚愕的事実です。

>実家の近くには大きな公園があり、図書館もあって、川沿いの桜も実に美しく…

 場所が特定できますよ。
 名鉄電車の駅があり、幼稚園や耳鼻科もありますね。

>ブルース・リーは男子に人気でした。ヌンチャクを振り回すふりをしながら「アチョー!」と叫ぶのが流行ってました。

 ジュリーやショーケンからも、世代もおおよそ拝察できます。

>私にとっての忘れがたいアイドルのことをこの場でお話しさせて頂きたいと思っています。

そればかりでなく、加藤さんの半生も是非。
どうしてあのような作品が書けるのか、知りたいものです。
興味津々です。

どうゆう生き方をこれまでしてりゃーしたか、しりてぇもんですわ。
 

元各務原市民

 投稿者:加藤京子  投稿日:2018年 5月 7日(月)22時07分55秒 h180-200-105-164.user.starcat.ne.jp
返信・引用
  大堀さま  同じく各務原で生まれ育ちました。奇遇ですね。
実家の近くには大きな公園があり、図書館もあって、川沿いの桜も実に美しく、離れてみればいい所だと思えます。

そう、ブルース・リーは男子に人気でした。ヌンチャクを振り回すふりをしながら「アチョー!」と叫ぶのが流行ってました。女子はたいてい、ハハハと乾いた笑いとともに眺めやっていましたが。
彼の映画ではたしか日本人は悪者だった記憶がありますが、どうだったでしょう。
男子たちはどうやって自分らの内のヒロイズムと折り合いをつけていたのでしょうか。

次は、まあ需要はなさそうですけれど、私にとっての忘れがたいアイドルのことをこの場でお話しさせて頂きたいと思っています。


 

永遠のアイドル

 投稿者:ヘビメタ敏靖  投稿日:2018年 5月 6日(日)21時56分49秒 pb6aba66a.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
  とうとう作者様までご登場になってアイドルについてなんか語りたくもないのに語らせてしまってスミマセン。

>まあ、難しいことはさておいて、まずは好きなアイドルの写真でも貼ってくださるとありがたい(なるべく刺激的なもの)。

 「私のようなおくてはアイドルに嵌った」と書きましたが、よく考えてみると70~80年代のアイドルはみんな好きでしたが、「嵌った」というほどでなく、私が永遠のアイドル、ヒーロー、スーパー・スターとして夢中になったのは、女の子でなくて、ブルース・リーだったと思います。

 刺激的なシーン。(前にもどこかで貼り付けました)

https://www.youtube.com/watch?v=zBsP8ch_-Tg

https://www.youtube.com/watch?v=MigKXB_zSyo

https://www.youtube.com/watch?v=3zRsgsUWYks

 私はこういうものに夢中になり、休み時間には教室の後ろで仲間を相手に映画のシーンを再現してブルース・リーに一歩近づいたと自己満足に浸り、家では手製のヌンチャクを振り回し、将来の希望職種には「アクション映画スター」と真面目に書いていたのであります。

 「嵌る」とはこういうことだと思います。

 都はるみは、中上健次が支援していたと思います。

 私も演歌は結構好きで「大阪しぐれ」「中の島ブルース」や「北酒場」をカラオケで歌います。

https://www.youtube.com/watch?v=yc9b-fi_nDI

 高3の時地元各務原に「NHKのど自慢」がやってきまして、私は予選に出場して、落ちましたが歌ったのは、細川たかしのデビュー曲「心のこり」でありました。

https://www.youtube.com/watch?v=EDLh3BAposc

ジュリーの姿が最初と途中に見えます。

受験生が「わたしバカよね~」などと熱唱すべきではなく、それがために私は9大学13学部を立て続けに滑り続けるという辛酸をなめることになってしまったのであります。

 板亭さま、すみません。
神聖な文学の掲示板をよそものが、好き勝手にべたべた貼り付けて汚してしまったようです。

 小川原さま、ということですので、ご理解願います。

 

感想ありがとうございます

 投稿者:加藤京子  投稿日:2018年 5月 5日(土)20時43分19秒 h180-200-105-164.user.starcat.ne.jp
返信・引用
  「月の爪あと」への皆様の思いがけないご理解、批評、嬉しい限りです。
そんな皆様のアイドル語りにたまらず参加させていただきたくなりました。
小学生のときGSに目覚めジュリー、ショーケン、その他のファンになりました。普通の女子ですね。ジュリーは今年のツアーに行きましたが、さすが声が素晴らしかったです。心底歌うことを愛していると感じました。太ってもやはり歌の精ジュリーでした。
ディープ・パープルは去年の来日コンサートに行きました。あの「ライヴ・イン・トーキョウ」の二枚組アルバムのままに演じてくれましたが、変わらぬテク楽しい、としか。
演歌も好きなのはあります。藤圭子は私のカラオケの定番です。
 

打てば響く大堀兄へ

 投稿者:小川原健太  投稿日:2018年 5月 4日(金)22時04分41秒 137.041.hinocatv.ne.jp
返信・引用
  大堀さん、打てば響く反応、ありがとう。「月の爪あと」かなり真っ当に読まれているようで意外でした。大堀さんの理想の国体がしっかりしていたよき時代の日本の女性のイメージからすれば、このサキなんて女は許せない女ではないかと勝手に想像していましたので。きゃりーぱみゅぱみゅを理解される方はやはりちょっと違うなと思いました。私の方は、貴兄の挙げたロックの高揚感と通じるものを上から順に聴いていったが、だんだんますます混乱、乱調、最後のぱみゅぱみゅでやはり分裂しそうになった。でも「美は乱調にあり」、いい刺激になりました。こうやってたまに刺激されないとますます固着してしまうから。ロックよりおくてはアイドルに嵌ったとか。どんなアイドルが挙げられるのか。写真で貼ってくれるとありがたい。
 人のことばかり詮索して自分のことを言わないのもフェアじゃないか。私はアイドルの時代よりもっと古い。それでこれといった特定の女性がいない。寂しいね。
 ロックより演歌だった。都はるみなんか。でもいまどき「着てはもらえぬセーターを寒さ(涙?)こらえて編んでます」なんて女はいないよな。一昨日だったか、テレビに小林旭が「むかしの名前で出ています」と歌ってた。演歌の女なんて絶滅危惧種、こっちもやはり絶滅危惧種だなと笑ってしまった。ここの板亭さまも「還暦を過ぎた今になって、ようやく、ヒップ・ホップの原点にたどり着いた気がいたします」となにやら目覚めたご様子。私もがんばってみるか。

 でも大堀さんは、こちらの言うことを、広く深い理解を示しながら、「さは、さりながら」とご自分の本心を披露されるスタイルですから、この次に本音が出てくるのかな。まあ、難しいことはさておいて、まずは好きなアイドルの写真でも貼ってくださるとありがたい(なるべく刺激的なもの)。

 
 

感想ありがとうございました

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 5月 4日(金)09時07分40秒 p1654242-ipngn15701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■大堀ぱみゅぱみゅさん、
感想ありがとうございました。
ひょっとして、大堀ぱみゅぱみゅさんは、大堀敏靖氏の妹さん?
もしくは、大堀敏靖さんが"国士疲れ"して、女装したときのステージネームか何かでしょうか。
意外にも、インスタ映えしそうな、オネエ系のご趣味が、あったとかなかったとか、
~まあ、そんなことは、どうでもいいですね。


                *


■ご指摘のように、この作品では「月」「海」のイメージが、
効果的に使われていると思います。


>ロックは、反体制的、政治的メッセージが含まれている場合もあって、
そういう部分ももう少し描ければ厚みが増したかもしれません。
しかし、短編ですし、あまり理屈っぽくなってはイメージが壊れます。

■すでに書かれた幾つかの作品は連作となっていますので、
今後、この種のテーマも深まっていく可能性もあり、
加藤京子氏の世界も、現在進行形のライブ感覚で増殖していく小説空間として面白いと思います。



>私の世代では進んでいる仲間は大抵ロックに嵌って、私のようなおくては
アイドルに嵌っていたと思います。
ディープ・パープルの「ハイウェイスター」を勧められて毎日ノルマとして聞いていたことがありました。
その破壊的、熱狂的高揚感は理解できます。

■ディープ・パープルは、ハードロックの代表格として、
レッド・ツェッペリンなどとともに世界的な人気のあったバンドですね。
~「毎日ノルマとして」というのが、いかにも、大堀さんらしい!
ノルマや修養ではなく、楽しみとして当時聴いていた、今のきゃりーぱみゅぱみゅの代用品は、
キャンディーズか、何か、だったんでしょうかね?



 

「月の爪あと」感想

 投稿者:大堀ぱみゅぱみゅ  投稿日:2018年 5月 4日(金)01時17分1秒 pb6aba66a.tubecm00.ap.so-net.ne.jp
返信・引用 編集済
   ロック音楽の世界の話で、ドラッグも出てきますし、登場人物がサキ、ハマ、シバ、リュウ、ナオミという具合にカタカナ表記でこれは村上龍の亜流だと思って、小川原さんと同様、原稿締め切りが差し迫っておりましたこともあって、②くらいまで読んで止まってました。
板亭さまが、朝ドラの一週間分をBSで一気に放送するようにまとめてくださいましたので、小川原さんから、御指名もあり、①から⑩までクリックして一気に読みました。

しかし、小川原さんに応えなければという義務感はいつか飛んでしまって、作品の世界に引き込まれました。
ストーリー展開がどうの、人物造型がどうのということはあまりくわしく語ることはできませんが、場面場面でリアリティがありますし、人間もしっかりと書かれていますし、生い立ちが気の毒なリュウが自殺した父親と同じことを言うという印象的なシーンもありました。

 それから月が効果的に取り入られていました。
 私も月はけっこう好きで、月に誘われて海を泳いでいったとか、美しい歌詞が物語の基調をなしていたと思います。
 月は太陽と異なり、夜の世界に君臨し、闇の中で他の一切は捨象された中で、一対一で向き合うことができます。
 孤独な心もささくれた気持ちも持て余す過剰な心情もすべて月は受け止めてくれます。
 夜の海上に出た月、山上の月、古都の月、都会の月、いずれも絵になります。

 パピルスのメンバーがシバを首長として原始共産社会のような「ファーム」というコミュニティーで集団生活をすることが描かれていましたが、オーム真理教の上九一色村や、確か、村上春樹の『1Q84』でも似たような集団生活を送る宗教団体が描かれていたと思いますが、それらを連想しました。

 ロックは、反体制的、政治的メッセージが含まれている場合もあって、そういう部分ももう少し描ければ厚みが増したかもしれません。
しかし、短編ですし、あまり理屈っぽくなってはイメージが壊れます。

 私の世代では進んでいる仲間は大抵ロックに嵌って、私のようなおくてはアイドルに嵌っていたと思います。
 ディープ・パープルの「ハイウェイスター」を勧められて毎日ノルマとして聞いていたことがありました。
その破壊的、熱狂的高揚感は理解できます。

https://www.youtube.com/watch?v=ubMQtQIbELs

評判になった映画「君の名は」のタイトルバックに流れていた曲もそう変わりません。

https://www.youtube.com/watch?v=PDSkFeMVNFs

高揚感と言えば、ベートーヴェンもあります。

第七 四楽章

https://www.youtube.com/watch?v=uPRpUXlBel4

熱情 三楽章

https://www.youtube.com/watch?v=rQM_THdNALs

津軽三味線も

https://www.youtube.com/watch?v=MgN_xIHqLUA

 ヒットラー演説や

https://www.youtube.com/watch?v=T2jhno1BL3w

 チャップリン演説も

https://www.youtube.com/watch?v=fqEoHzbsxZs

 ロックに共通するものがあると思います。

きゃりーぱみゅぱみゅは葛飾北斎に通ずるジャポニズムです。
特にこれは海外で評価が高いですので、「分裂症になりそう」なんておっしゃらずにご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=NLy4cvRx7Vc

 

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