teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. アーカイブ(0)17/03/09(木)01:13
  2. 足あと帳(0)17/03/06(月)17:35
スレッド一覧(全2)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


「カプリチオ」46号 加藤京子「月の爪あと」評

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 6月21日(水)10時36分24秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■関東文芸同人誌交流会の掲示板で「カプリチオ」46号掲載作品、
加藤京子「月の爪あと」評が出ていますので、掲載させていただきます。
この評は、全国の同人誌作品について、持続的に批評を続けておられる北海道在住の作家・評論家・歌人の根保孝栄氏によるものです。


以下、引用ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs/1935


「カプリチオ」46号(東京都)②
加藤京子「月の爪あと」は新鮮な現代音楽の世界を映す異色の人間模様と業界の内部事情
投稿者:根保孝栄・石塚邦男   投稿日:2017年 6月19日(月)22時58分57秒

・加藤京子「月の爪あと」は、ロック・シンガーを目指して家を飛び出した才能ある女性の私だったが・・時代の変化の波に翻弄され、それでも己の場を確保するため必死になる・・。副登場人物も魅力的なリーダーのシバ。このシバを中心に郊外にファームを形成して共同生活をしたり、業界の変化と時代の音楽の変化に翻弄された末に、かつてロックで知り合い恋人だったハマとの十五年後の再会、そして・・・と目まぐるしい時代の推移に必死に抵抗して生きる一女性アーチストを炙り出した作品は、当然ながら異色。

・だが、五十数枚の枚数では時代の推移の色合いの変化は、ダイジェスト的になってしまうのも止むをえない。時代の変化、業界の変化を説明するところが面白いにしても、小説は人間の絡みが主体になるもので、この枚数ではこなしきれないのは当然だ。この作品は良いテーマ、モチーフを包含しており、人間の絡みを主軸にした場面を念入りに描いて100枚ものに仕立て上げると、話題の作品になると思う。

・文学界、文芸、群像などの新人賞向きの作品である。応募するとこの作風ならいいところ行きそうだ。
仲間内で作品を叩いて完成品に仕上げ、応募するのも一方法だ。この着想をまず買いたい小気味よい作品ではある。

 ・アーチストに憧れ故郷を飛び出せる少女の姿小気味よく読む  石塚 邦男

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 
 

関谷雄孝氏作品、文芸思潮「まほろば賞」候補!

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 6月20日(火)08時53分3秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■諸般の事情で管理人がなまけていて、このホームページの更新が遅れてますけど、
「カプリチオ」周辺の状況は少しずつ変わっております。
(この更新の密度の低さは、ひとえに、管理人のインターネット・スキルの低劣さに起因している)

先日の合評会でも好評だった関谷雄孝氏の『白く長い橋』(カプリチオ 第45号掲載作品)が、
文芸思潮「まほろば賞」候補にノミネートされました。
文芸思潮は、五十嵐勉氏主宰編集の総合文芸誌。
七月二日の日曜日、大田区区民プラザ(東急多摩川線・下丸子)での合評選考会となります。

カプリチオの同人の小説は、何回か候補には挙げられているのですが、受賞には至っていないので、
今回はぜひ、受賞できればと思います。


《カプリチオ 第45号》目次
http://kapri.la.coocan.jp/kapri45.htm
 

あらら、これはびっくり!カプリチオ35号 ¥ 17,500なり

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月23日(木)22時42分5秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■Amazon を覗いていたら、こんなのが見つかりました。

『カプリチオ』35号
新宿ゴールデン街が見ていた戦後日本 (小説と評論) (コミック)
 二都文学の会 (編集)

https://www.amazon.co.jp/gp/offer-listing/4901891448/ref=tmm_other_meta_binding_used_olp_sr?ie=UTF8&condition=used&qid=1490219068&sr=1-6
¥ 17,500
「中古品 良い
経年なりに良いです。開き癖、カバー汚れ、全体に焼け・汚れ・擦れがありますので
古書をご理解いただいた上お買い求めください。」


              *


■「中古品 良い」というあたりが、Amazonですねえ。
「経年なりに良いです」って、これ、東北大震災のときの号なんです。
¥17,500!
送料入れて、2万円でお釣り、という感覚は驚きですけど、
ジャンルが「コミック」つぅーのんが、どうも。
あの、その、まあ、
いいんですけど、ね~。

この号は、Wikipediaでも「新宿ゴールデン街」の資料の一つとして引用されています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%BF%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E8%A1%97
下の「脚注」参照。

■まあ、とにかくネタ的に、一次資料というレベルの情報が入ってますからね。
三島由紀夫が自決する前、なごりおしそうにゴールデン街に訪れたとか、
『家畜人ヤプー』の作者の沼正三が、云々とか…。
フランシーヌの場合の作者の……とか。

O氏の店の奥の片隅のいろいろな資料と、
ひところの地上げの際の経緯とか、
他では活字になっていないウラ話がある。
それにしても、¥ 17,500か。

▼実は、こちらで読めます
http://p.booklog.jp/book/32545/read

▼『カプリチオ』35号 ホームページより

http://kapri.la.coocan.jp/kapri35.htm
 

村田沙耶香 『コンビニ人間』

 投稿者:草原克芳  投稿日:2017年 3月22日(水)22時04分0秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  村田沙耶香氏の話がでたので、昨年の秋の「群系掲示板」での書き込みですが、転載します、
http://8614.teacup.com/snagano/bbs/9687

                *

『コンビニ人間』を読んでみた
投稿者:草原克芳  投稿日:2016年 9月 4日(日)09時26分25秒

■遅ればせながら村田沙耶香『コンビニ人間』を読んでみました。
コンビニという現代的だが無機的な空間を、どう文学化するのか――という興味を持ちつつ読んでみたのですが、
時代を一つの明確なタブローとして凝縮した中短編としては、吉本ばなな『キッチン』以来の作品ではないでしょうか。

導入部、「音」からコンビニを描写しているのが、秀逸。
最後も「音・声」で終わっている。
『キッチン』が、冷蔵庫というどこにでもある無機的な家電製品に、
主人公の孤独、冷えを象徴していたように、
“コンビニ”という空間に、いまの「企業社会/消費社会」の強制力として働く均一化・マニュアル化を象徴している。
~社会評論・風俗評論だと、こういう思考はよくあるけれど、
小説としてのリアリティを持たせて成功しているのが、「凡手のよくするところではない」(笑)。

しかも、この主人公、「あたしって、変わっているでしょう?」と言いたがるような
単なる「不思議ちゃん」じゃない。
フツーのヒトに“擬態”したがっている凹型の「不思議ちゃん」なんですね。
作者の社会と生への異和が、ひとつの思想、文明批評にまで昇華表現されていると思います。

世界のマニュアル化、自己の部品化という圧力に、個々の生はどう対抗するかというのは、
すでに思想であり、哲学ですね。
それをこの作者は、ユーモアとアイロニーで肉付けしている。

               *

■主人公の造型・内面をきちんと肉付けしていると同時に、
「白羽」という男の造型も、しっかりしている。
この人物が後半、小説を面白くしているようですね。
又吉直樹『火花』において、本当はもっと「狂気の天才」として鮮明な印象を与えなければならないはずの先輩漫才師が、
いまいち、淡く不鮮明な形象に終わっているのとは対照的です。
また、『火花』では、中盤から後半にかけて、同じような漫才論の繰り返しになり、緊張感を失ってダレてくるのに対して、
この『コンビニ人間』は、むしろ後半部で盛り上がってくる。
これはもっぱら、白羽と主人公のヘンな関係によるところが大きい。

感傷的でジメッとした同人誌リアリズム(?)の支配する合評会では、
下手すると“ドタバタになってしまった”などとクサされそうな書き方ですが、
このカリカチュアライズされながらも、立体感のある人物像には、人性批評があります。
現代小説の中で、ここまで実在感のある人物と出会えるのは、珍しいのではないでしょうか。

「いそうで、いなさそうで、やっぱり、いそうな人物」を造型すること。
しかもそれが、時代の象徴になっていること。
~これはいかにも、詩でも評論でもなく、「小説」ならではの面白さだろうと思います。

この作品にもし、文句をつけるとすれば、「!」が多すぎること。
ケータイ小説みたいだから、これはやめた方がいい。
ただ、そんなことが、些細なモノ言いになってしまうほど、美点の多い作品です。


 

宮原昭夫評論集

 投稿者:ななふし  投稿日:2017年 3月21日(火)23時17分23秒 i218-47-192-240.s42.a013.ap.plala.or.jp
返信・引用
  「宮原昭夫評論集」が出た。

その半分以上は前々回芥川賞を取った村田沙耶香のひとつひとつの作品を負ったものになっている。

宮原氏の村田論を吐きながら、そこで見つめているものは、一環として、「外界と内面の落差」である。

自分と外部に差異があるから居づらいというわけである。

なぜ、このようなことにこだわりを持つのかと興味を持って、読んでいったら、村田作品の問題と

宮原氏の共通するものがあるからだ。というよりも、人として通する問題である。

宮原氏は作品のなかでは、「大儀」と呼んでいる。人とはよりどころにするものがあるのだ。宮

原氏にとって、それは外から押し付けられたものだが、ふたつあった。ひとつは軍国主義であり、

もうひとつはもちろん、民主主義である。どちらも押し付けられたものだが、どちらもその世代の

価値を決めるであった。

宮原氏の切実なところは、押し付けられた大儀に終戦という言葉で一度裏切られていることである。

大儀でありながら変貌するところが怖い。それを体験してらこそ、敏感なんだろう。

それなら大儀など持たなければいい。とはいかない。人とは何かしらに大儀を見出している。

受賞した「コンビニ人間」では、その大儀がコンビニになのだ。同じ大儀というものなのだから、

主人公の恵子も、それに邁進しながらもうっすらと何か何かしくかお思っても当然である。

宮原氏が村田作品を読み続けて感じるのは、同じものである。世間、あるいは国家、あるいは主義

に対して、なんとなく信じていいかと感じる違和感である。

その一節をあげる。

「三島由紀夫も、もしかしたら恵子と同じタイプだったかもしれません。大儀がば生きられなかっ

た人間は、大儀なき時代には、架空の殉国精神という「大儀」をでっちあげて生きるかない。恵子

のコンビニは、三島の大儀の代用品代ではなかったのか。あるいはパロディ化した三島だ」

その空虚な大儀は、宮原氏が遠き昔に、精神を形成した時期に感じたものだろう。だから、村田作

品に共感共たと感し思える。

特にこの評論集は村田作品を時系列に分析してゆくだけではなくて、その裏には宮原氏自身の「大

儀」とは何かを追求しているように思えるので、ご紹介したくなった次第です。
 

根保孝栄様、ありがとうございます

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月21日(火)16時07分59秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  あ、根保さん、どーも、スイマセン!

まだ、一部の同人にしか伝えていないので、
これから書き込みを増やそうとしていたところです。
このところ少し、仕事、雑用などでバタバタしていて、ここ一週間ばかりそのまま
ほったらかしになっておりました。

「関東文芸同人誌交流掲示板」の根保さんの的確な同人誌評、いつも熟読させていただいております。
勉強になります。
ご批評、勝手に無断引用させていただきました。
さしつかえなかったら、作品評の転載など(塚田氏創作集の評も、ぜひこちらでも!)、
今後ともよろしくお願いいたします。

いただいたコメント、同人作品についてのご評価、嬉しく存じます。
ご挨拶が遅れまして、大変、大変、失礼いたしました。

 

掲示板設定おめでとうございます

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月13日(月)01時16分43秒 p4203-ipbf1105sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ・「カプリチオ」に掲示板ができたこと、何よりです。全国で今では数少ない「同人雑誌」の水準と孤高を堅守する「カプリチオ」を始めて読んだ時の衝撃の余韻が今も私の体内にくすぶっております。私は昔流の「純文学」という言い方が好きではありませんが、昔流の「純文学」の系列を堅守している書き手が集う「カプリチオ」を読んで、未だ日本文学は健在であることを確認して光明を観た思いがしました。皆様多忙な日常のなかでご自分の作品の色合いを失うことなく継続しておられることに敬意を表します。作品の感想については、本来三倍の長さで「関東」に書き込んだのですが、パソコンの調子が悪く、長い時間書き込んでますと、突然消えてしまうありさまで、ダイジェストの感想になってしまったことでした。

・今後も皆様のご活躍注目して読まさせていただきたいと思います。とりあえずは掲示板発足おめでとうございます。
   053-0011 苫小牧市末広町1-12-1-920 根 保 孝栄

      電話・fax 0144-33-1284   携帯 090ー6212-3122
 

ニキ美術館の写真素敵でした

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月11日(土)13時59分49秒 p4203-ipbf1105sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
返信・引用
  ・ニキ美術館に対する皆さんの傾倒ぶりに感じいりました。また訪問して読ませていただきます。塚田さんの創作集の感想を「関東」で近く書き込むつもりです。  

拙い感想評を紹介恐縮です

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月11日(土)13時53分24秒 p4203-ipbf1105sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
返信・引用
  ・「カプリチオ」の皆さんの作品、実に興味深く拝見しました。皆さんによろしく。次号期待して待っています。  

《カプリチオ ARCHIVE》より

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 9日(木)13時36分27秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■《カプリチオ ARCHIVE》では、過去作品で再読していただきたい小説・エッセイ・特集・対談などを
ここで取り上げようと思います。

カプリチオ第12号
2000年4月1日発行

http://kapri.la.coocan.jp/kapri12.htm


■関谷雄孝氏のエッセイです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     純文学とは


                     関谷雄孝


 過日、ある同人雑誌の合評会に出席した時、まことに傍若無人な中年婦人に出会った。
彼女は十編近い短編小説が載っている雑誌を手にしながら、そのうちの一、二篇を読んだだけで、もう一篇は会場にくる電車の中で拾い読みしたと、平然とした口調で語った。その上で合評会に参加させてもらいたいという。ボクは非常に不愉快になった。彼女が作品を読まなかったという行為よりも、作品を発表している同人たちの面前で、そのことを平気で口にできるという、無神経な精神構造についてである。
しかし、待てよ……と思った。  こういう種類の人間が、いま、日本国中の文化的、芸術的な会場に大勢姿を現し、そこを占拠していることも事実で ある。そして日本中の劇場、美術館、カルチャーセンターの受け手の多くがそうなのである。
 件の女性は、その後も、碌に読んでいないと自分で公言したにもかかわらず、なにかと発言した上に、彼女の友人の婦人が文芸誌の<読み物号>に、自分のセックス体験を赤裸々に書いた作品が掲載されたことを語り、同人誌の地味な小説より現代的だったと言いたいようだった。
 ボクはその婦人に心底腹をたてながらも、現代の日本文学の諸問題や、同人雑誌の作品の方向性の暗示が示唆されているように思えてきた。
 一九九九年、「文學界」四月号の同人雑誌評の欄に、松本道介氏が「純文学とは」と書いておられる。  松本道介氏はまず「孤独な読者、孤独な作者」というタイトルをご自分で書いてから、九八年新年号に、松本徹氏が「遠い読者、孤立する作者」と書いてあるのを見つけて驚いたと言われ、今や読者なるものが不特定多数の消費者になってしまい、文学作品は大量消費に供する商品になり下がり、大量に売れはしても、読者にとって格別の感動も格別の感興ももたらさない作品がどれほど多いことだろうと書かれる。
 それらを下敷きにして松本道介氏は、改めて・純文学・とはどのような文学かを語り、勿論、結論めいたものはでないが、同人雑誌評の評者四人で考える純文学とは、いい文章、いい小説といった程度のことであり、松本道介氏がそれに一つ加えるとすると、もう一度読んでみたくなる小説といったくらいのことだと語っておられる。

 つまり、今日の日本では、小説だけでなく、全ての芸術に対しての、それを受ける側の人間の姿勢が急激に変質してきているのである。(勿論、つくる側もかわってきている)
 明治、大正、昭和のある時期までは、芸術をつくる側も、受ける側も、ある程度のインテリ群で、その中でも多少偏屈なエリート種族であったことは事実だ。どんな道であれ、芸術を追究する者たちには誇りがあり、全人生を賭けるほどに真剣であったし、一方受ける側には、作品に接する前から作者に対する畏敬の念があった。食えなくて餓死寸前になっても作者の志は高く、それを受ける者たちも、生活が貧しくとも精神の昂揚に心を踊らせた。
 いつの頃からか、平和で物質がそれなりに豊かな生活が続くうちに、芸術を創造しようという心のベクトルが、余暇を埋めるため、退屈をまぎらわす手段、ぼけの予防という手段として一般大衆に拡散することになった。それは考えてみれば日本国中が平和で幸福になった証拠なのかもしれないが(真の意味では、また考える部分があるが)、日本国民特有のせっかちさ、外見へのこだわり、目に直接見える進歩への執着などが、芸術的創造性を歪ませていくことになる。
 自分にどんな才能があるのか、どんなことが本当に興味を持てることなのかを真剣に考える暇もないままに、ご近所お誘い合わせの上にどうぞという具合に絵画教室、陶芸教室、俳句の集い、同人雑誌に集合する。当然、指導者だって、質の高い人物がそんなにいる訳もない。
 自分自身がその道で確固とした哲学も持てないままに、ノウ・ハウだけを教え込み、絵らしいもの、俳句らしい、文章らしいものが世の中に横溢することになる。

 当然の結果として、前にも書いたことがあるが、ボクが大好きなモディリアーニの個展会場で、どやどや入ってきた中年婦人群の一人が、素晴らしい裸婦像の背景を指さし、 「あらっ、このバック。この間あなたが描いたバックと同じネ」 と大声を出すということになるのである。 美というものに対する畏敬の心を失っている日本人は、上は芸術院会員から、下は場末のカラオケで一晩中歌っている人間に至るまで、全く不様で、痩せた精神の人間になってしまっているのだ。
 ものを創造する者と、それを観照する側が、作品を中にはさんで格好な緊張状態にある時に、芸術は一番生き生きと輝くものなのではないだろうか。小説についても作者と読者は、本来、作品を中心に同じような努力を惜しまない対峙が必要なものかもしれない。作者が自分の人生経験の中で知り得たもの、体得したものを文章に表し、全く異なった人生を歩いている読者が、それを自分の内なるものにぶつけ、共鳴音を聞き、破裂音を聞き、全く受け入れることのできない不快な音を知る。そういう観点から言うと、文学は、他種の芸術作品より、より多くの努力を読者に要求するものなのかもしれない。

 ドストエフスキーの『罪と罰』を高校生に読んでみろとすすめたことがある。結局彼は四分の一ぐらいでギブアップし、「なんでこんな分かり難いものを読まなければならないのか」と半ば怒るように訴えた。
 それを聞いたボクは、戦後の貧困な時代に空腹を抱えながら、難解な文章を苦労して読み進んでいった時の昂揚した精神は一体何だったのだろうかと考えた。難解であればあるほど、心の底がしんと引き締まって、躯全体に人生の重い固まりが広がっていくのが感じられ、誇らしく思えた。あれが単に知識人だというエリート意識にくすぐられていただけだと思うには、骨太い、確固とした心の昂ぶりがあった。
 松本道介氏は、純文学をいい文章、いい小説と位置づけ、それにもう一度読んでみたくなる小説と加えられたが、ボクは読者が四つに取り組もうとする小説、そういう読者にむかって書く小説とも言ってみたい。
 同人雑誌に営々として書き続けているボクなどは、大勢でなくてもいいから、ボクの小説に真正面から取り組んでくれる人に思いを馳せながら書いている。目先だけを新しがっているような読み捨て消費小説を書くには、時間も金もない。きっと、いつか、もう一度文学を作る者と、それを受け止める読者、そして仲介の商売人との間にも生き生きした、心豊かな関係が復活されるに違いないと思っている。そして、ボクたちが地味に、実直に書き続けている作品のいくつかに光が当たる時がくる。
 且てボクが眠らずに一晩をかけてショーロホフの『静かなドン』を読み終えた時に見た、生まれたばかりの朝空から降りて来た萌葱色のような光が……。
 

「カプリチオ」44号評

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 9日(木)04時23分21秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【関東同人誌交流掲示板】より

「カプリチオ」44号③ 異界を見ている作家群  by:根保孝栄・石塚邦男 時計7/27 03:05 返信 編集済

・この雑誌の作者たちに共通したものがある。それは、現実の生活の中に、常に異界を凝視していることである。単純に言えば、シュールリアリズムの作風、または、日常の生活の中の時間的、空間的裂け目を見ている作家群とても言えようか。ちょうど網野善彦的、あるいは赤坂憲雄的人間洞察のもとに掘り下げられた生活意識が登場人物の生活空間を彩っているかに読めるのである。

・仲間同士が良い意味で影響しあうと、同じ価値観を共有するようになって、いつの間にか作風がひとつの流れになって行くことは良くあることだ。日常のなかのひずみ、ゆがみ、それは人間関係にも行動にも精神の波動にも空間的、時間的にも現れる・・・というような・・・そのような色合いが、この雑誌の作家群にはあるように思う。

・陳明芳「ジキタリス」は、亡くなった夫の骨を粉砕してお茶のように飲んでいる女が、ある時、薬剤師の真美子に「私、人を殺したことがあるの」と言う。こんな非日常的な女性が主役で出演する短編。

・門倉実「歪んだ痕跡」は、母の弟の叔父が残した日記帳が、叔父に特別可愛がられた新聞記者の私に何かの役にたつかもしれないと遺品として渡された。叔父の遺品の中には千人針の腹巻が大事に残されていた。その叔父の戦後の生き方とは・・という話。

・芦野信二「朝日の当たる部屋」は、1965年の山形県。母は、大きな家で一人住まいしている祖父に朝食を運ぶのが日課になっていた。その朝、孝一は母と一緒に祖父の家に向かった。ところが、途中で祖父が亡くなったことを聞かされる。

・冬野良「蜘蛛の話」は、妻が妹夫婦のやっている蕎麦屋の手伝いにでかけたので、時間つぶしに散歩に出た伊能は、図書館前の椅子に座って髪を梳いている若い女を見かける。椅子に座ってぼんやり見ているうちに眠くなった伊能は・・

・ここから、主人公は伊能ではなく男>という固有名詞になって登壇する・・・。少年の頃に蝶をからめとろうとしていた蜘蛛をいじめて殺したことがあった伊能・・。<男>は女に蜘蛛はお嫌いですか、と問いかけられる。あなたは誰ですか、と訊くと、女は「クモです」と応える。前半と後半は独立しているようで、比喩的につながっているかに読める作品である。

・谷口葉子「まぼろしに遊ぶ」は、手術の朦朧意識の中での精神のたゆたいを描いたショート・ショート。

 青い猫が飛んだ。沖縄の海だと思った。人の声がした。・・・こんなイントロで、エンディンクは・・姪が
ふたりのお子たちの話を始めた。これが生きているということに違いなかった。自分の病状の話より、この世の事情の肌触りにほっとす る。
 この13、4枚の掌小説には、やはり異界が横たわっていた。

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs/mobile/index/detail/comm_id/1806/?thread_id=10
 

『カプリチオ』archiveより

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 9日(木)03時16分48秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ----------------------------
■『カプリチオ』archiveでは、過去作品で再読していただきたい小説・エッセイ・特集・対談などを
ここで取り上げようと思います。

http://kapri.la.coocan.jp/kapri39.htm
『カプリチオ』39号より


        『ブルーベリーをつまみながら』


                      芦野 信二


 顔を洗おうとして前かがみになった途端、腰に痛みが走り、片膝を付いてしまった。ぎっくり腰だ。十数年前に一度経験したことがあるので、今日は会社には行けないなと覚悟した。

 四つんばいになって洗面所を出、何とかダイニングの椅子によじ登った。妻は長男の嫁の産後検診に同行するんだとついさっき出かけたので、家にいるのは私だけだった。目を閉じて暫くじっとしていた。恐る恐る上体を揺らしてみると、先ほどのような痛みはないが、鈍痛がする。ちょっと無理をすればまた刺すような痛みが襲ってくることは容易に想像できた。私はそろそろと傍らのバッグから携帯電話を取り出し、上司と同僚に会社を休む旨のメールを入れた。
 目の前に妻が用意していった簡単な朝食があった。食欲と腰は別物なのでさっさと済ました。朝食にはデザートがついていた。凍らせたブルーベリーだ。うすいコバルト色の琉球ガラスの小鉢に山に盛られていた。

[隣の粒同士が凍ってくっついているのを一粒つまみ舌の上にのせると、たちまち暖かい唾液が湧いてきてブルーベリーを解かしにかかる。慌てて奥歯で一みする。冷えている分だけ酸味がうすく感じられる]

 ダイニングの端にピアノがある。我が家には仏壇がないので、妻がピアノの上に去年死んだ妻の母と今年死んだ私の父の遺影を並べている。水を替えるのが面倒なので、ペットボトルが一本、キャップをしたまま供えてある。

 写真の義母は満面の笑みである。十年以上前のまだしっかりしていた頃のものだ。最期はアルツハイマーで寝たきりになり、特別養護老人ホームで死んだ。自ら喜んで老人ホームに入り、我々に負担をかけることなく逝った。ホームの職員がちょっと外した間の死だった。せめてもの慰めは、亡くなる前日に妻と娘が義母の大好きだった唱歌や童謡を枕元で歌って送ったことだ。他の入所者の邪魔にならないように、低く小さな声で何曲も何曲も歌ったそうだ。きっと、昏睡の義母の耳の奥深く、萎縮した脳のどこかに二人の声が響いていたことと思う。

 父の写真もだいぶ以前のものだ。故郷の実家の玄関前で、背広姿で立っている。直立不動のその姿は無骨な人柄そのままだ。
 父は、脳腫瘍だった。三年前に発見された時、腫瘍は右側頭葉の奥にピンポン玉ほどの大きさになっていた。手術前日、主治医の面談に呼び出され、私は母と一緒に話を聞いた。主治医は「このままでは長くて半年、手術をすればあと二三年生きられる」と言った。
 主治医は、三十代の女性で、通常言われるところの美人であった。しかし、目は無表情で、虹彩の色が灰色ではないかと疑うくらいに寒々としていた。
「手術に同意していただけますね。ご本人の希望でもありますし」

 手術の段取りも済んでいて結論は決まっている。私は、主治医の形式的な改まった言い振りに釈然としないものを感じながらも「本人が苦しまないようお願いします」と言うしかなかった。
「それから、切除した脳の一部を標本にさせて欲しいのですが、よろしいですか」
 そのことは、父からも聞かされていたことであった。
「父は献体の同意までしているようですし、構いません」と言うと、主治医の冷たそうな頬が急に赤くなった。
「そんなこととんでもありません」失笑ぎみに笑った。
 私は妙な失言をしたようだった。意識していなかったが、私は手術が失敗するかもしれないとぬけぬけと言い放ったのだ。
 主治医はすぐに表情を戻し、手術の計画を紙に絵を描きながら説明した。その手は小さく、指もおさなげで、とても血だらけのメスを握る手には見えなかった。
[ブルーベリーの粒を半分だけ齧って、断面を見た。白く凍った果肉の周りを濃紺のうすい皮が覆っており、皮の破れ目から紅い液が滲んでいる。血のようだなと思う]
 あの時、私が主治医から説明を受けている間、父はよほど不安だったのだろう。我々のいる部屋の前をうろうろしている姿が、ドアのスリットガラス越しに見え隠れしていた。とうとう耐え切れないといった感じで、一度、ドアが開いた。

「あっ、いいんだ、いいんだ、部屋で待っているから」父は慌てて出て行った。そんな父が何か可笑しかった。

 主治医の説明の後、私が父の病室に行くと、父はベッドに腰を掛け、新聞を見ていた。主治医に会う前に、読んでも覚えられないから何度でも読めるんだと、自虐的に症状を説明してくれたその新聞であった。

 父は私に気づき「ああ終ったか。長かったな」と言った。私は、面談の内容を伝えようとした。すると私を遮り「明日の手術は早いから、早く家に帰り休みなさい」とそっけなく言った。

 私は、小一時間かけて、母の運転する車で実家に戻った。夕方、散歩に出かけた。冬の初め、外気は冷たい。家の裏の落葉した果樹園を抜け農道に出る。まっすぐ歩いていくと、あたり一面は冬枯れの田圃だ。子供の頃からの私の散歩道だ。

 私は、もし自分が父の身の上であったら父のように手術を希望するであろうかと考えた。主治医が当たり前のように言ったことが、私には当たり前とは思えなかった。人間はなるべく長く生きようとする。それが人間の本性に従う素直な生き方であろう。しかし、脳を切ってまで生きることが本性に従うことであろうか。脳は単なる臓器とは違い、自分が自分であるための臓器だ。多少切っても大丈夫だということもあるだろう。しかし、何処まで切ったらよくて、何処からが駄目なのか。ピンポン玉大までか。卵大までか。自分が自分である限界とはどこなのか。父は、自分自身を捨ててまで死にたくないだけなのではないか。そんなことを考えた。

 その夜夢を見た。暗示に満ちた不思議な夢だった。夢の中に現れたのは、少年の横顔のシルエットだ。少年が誰かは私には分かっていた。小学生頃の私の息子だ。やさしくかわいい面立ちは他の誰のものでもない。しかし、その少年には脳が描いてある。乾燥したラーメンの固まりのような気味の悪いものだ。見ると、その側頭葉部分がポロポロと崩れるのだ。見る見る崩れていく。私は恐怖で叫び出し、飛び起きた。
 真っ暗な布団に身を起こしたまま、私は、その夢の語りかけてくるものを思い返してみた。脳が崩れるのは父の手術を指していることは明白だ。しかし、何故私の息子なのか。そう問いかけてみて、あのシルエットはもしかしたら私自身なのではないかと思い直した。いつだったか、久しぶりで自分の子供の頃の写真をみて、息子の面差しにそっくりなことに驚いたことがあったからだ。息子、自分、と考えて、今度は確信めいた感慨で、あのシルエットは、やはり父であろうと思った。少年の頃の父もやはり同じ面差しを持っていたに違いない。そして、明日手術を受けようとしているのは、怯えている一人の少年なのだと。
 私にとって、父はいつでも父であり、父をそのような目で見たことはなかった。主治医が説明していた時、部屋のドアを父が開けた。主治医も母も私も無作法な闖入者を見るように父を見てしまった。しかし、それは余りにかわいそうな見方であった。
 私はその夜、父のために泣いた。いや、私のためにかも知れない。息子のためにかも知れない。とにかく、やさしい面差しの少年のために泣いた。
                                  (一部抜粋)



http://kapri.la.coocan.jp/buruuberyiiotsumami.htm

http://

 

文学散策 フランツ・カフカ

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 9日(木)02時46分18秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  【拝借と引用】

https://www.klm.com/destinations/jp/ja/article/the-charm-of-the-golden-lane
美しい黄金の小道
「プラハ城の隣にある「黄金の小道」。通りの名前は、皇帝ルドルフ2世がここに金細工師を住まわせたことに由来します。皇帝は、彼らに金属を金に変える物質を探させたそうです。しかし、事実はもっと平凡です。16世紀、この通りに建てられた11軒の小さな家に、城の番兵とその家族が暮らしていました。



>黄金の小道にある色鮮やかな16世紀の家並みは、人気の撮影スポットになっています。18世紀から19世紀にかけて、ここには無断で人が住みつき、その後はチェコの有名な詩人で作家のフランツ・カフカ(1883~1924年)を含む芸術家が集まりました。カフカが2年間暮らしたのは、妹が所有していた22番の青い家でした。」
カフカはここで、「城」などの名作を執筆したと言われています。彼の暮らした家は現在、カフカ書店と小さな博物館になっています。他の家のほとんどは工芸品を扱う土産物店です。ここに並ぶ住宅の天井は大人が身をかがめて立たないといけないほど低いため、居住には適していません。他にも黄金の小道には、有名なノーベル賞作家ヤロスラフ・サイフェルトが暮らしていました。さらに14番は昔、占い師マダム・ド・テベの家でした。彼女はカードを使って未来を占いましたが、第ニ次世界大戦の終わりにヒトラーの死を予言したためゲシュタポに逮捕されました。
 

同人募集中!

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 8日(水)22時45分48秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■■■■
--------------------------------------------------------------------
◆『カプリチオ』ホームページはこちらです!
http://kapri.la.coocan.jp/

同人募集中
現在「カプリチオ」では、雑誌の一層の充実のため、文学に興味のある方を募っています。
年会費      3000円
ページ負担金   400字詰め原稿用紙一枚につき
           テキストファイル1300円。
            手書き文章  1700円
と、なっています。奮ってご参加下さい。

東京連絡先  〒142-0042東京都品川区豊町6-6-7       塚田吉昭
                    電話 03-6325-1202

名古屋連絡先 〒466-0815 名古屋市昭和区山手通1-12-1 501 加藤京子
                    電話 052-836-5139

(留守の場合、留守電にお電話番号を頂ければ、のちほどご連絡をさし上げます)

----------------------------------------------------------------------
■発行元 言海書房
http://www.genkai-shobo.jp/
 

カプリチオ本誌より  「発熱」を読む  石井利秋

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 8日(水)14時15分40秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  〈エッセイ〉

   ル・クレジオ短編小説集『発熱』より

             「発熱」を読む        石井 利秋

 ル・クレジオが『調書』で衝撃的なデビューをはたしたのは、彼が二十三歳のときだった。あれから半世紀ちかい時がながれ、二〇〇八年に彼はノーベル文学賞を受賞した。初期の作品がさかんに日本語に翻訳されていたころ、その難解さに手を焼きながらも、つい手にしないではいられなかったのを懐かしく思い出す。

 ここで取り上げる短編小説「発熱」は『調書』から二年後に出版された短編小説集『発熱』のなかから選んだ。この本の冒頭には作者による前書きがそえられている。注目したいのは、ここに収められた九つの短編小説を「小さな狂気に関する物語」であるとしている点。もう一つは、「物質的恍惚」という難解な概念だ。この二点は作品を読み進めていく上での道しるべになるだろう。


 「発熱」のロクという主人公は妻のエリザベートと二人でアパートに暮らしている。職業は旅行会社の案内業務で、出勤は午後からでいいことになっている。午前中は暇だから、冬なら眠って過ごし、夏は海に行った。

 この日もロクは自転車で海に行き、二度泳いでからアパートに戻る。妻とはごくあたりさわりのない会話を交わし、妹からの手紙を読む。それからジャガイモとヨーグルトの昼食をとったあと、寝室に新聞を持ち込んで横になる。ここまでは、まことに素っ気ない書きっぷりで、主人公のロク自身さえ風景の一部のように描写されている。

 新聞には暴力のからんだ世界各地の犯罪が報道されている。ロクは読んでいるうちに、体に異常を感じ始める。一種奇妙な戦慄。ここに至って書き方が一転する。ロクがおちいった狂気を拡大鏡を通して見るように克明に描き始める。「戦慄は星となって輝き、絶え間なくその神経的な爆発を繰り返し、ロクの生命をすり潰し……今や静脈の中を流れているのは血ではなく、溶けた岩石であり、途中のなにもかもを爆発させてしまう龍の血清だった」というようにつづいていく。

 ほんの数秒後自分を取りもどしたロクは、自分の変化に驚きながらも、妻には風邪をひいたらしいといいのこして会社に向かう。しかし五百メートルばかり歩くと、激痛を伴う震えがまた始まる。

 迷路のような街路の風景に目を向けながら歩いて行く。途中で行き止まりの道に入り込み、そこで烈しく抱き合う男女を見る。見ているうちにいいがたい嫌悪感に襲われ、目が離せなくなっている。相手の男がロクに気付き、怒って殴りかかってくる。二人の男は殴り合い転げ回り、互いを傷つけあってその場面は終わる。

 ロクはようやく自分の職場である会社の店の前までたどりつく。ロクのなかで目の前の会社は死体置き場、息のつまりそうな地下室のようなものになっている。職場に対する限りない怒り、侮辱と呪いがこみ上げてくる。「病気なんだ、病気なんだ、病気なんだ」と思いながらロクは力いっぱいに小石を投げる。会社の窓ガラスが砕け飛ぶ。

 同じ頃、妻のエリザベートは街の中の別の場所にいる。買い物をしたあと喫茶店に寄る。そこで外国から来た画家に会う。画家の依頼に応じて、その場所でデッサンのモデルになる。男は描きながら自分のことを少ししゃべる。いつも絵は描いているが、それで食べているわけではないと男はいい、描き上げたデッサンをエリザベートにくれて立ち去る。この部分はロクの強烈な狂気の描写の間に挟まれた間奏曲のようなぐあいで、狂気の世界とは別の正気の穏やかな日常の情景として示されている。

 ロクが家に帰り着いたとき、エリザベートは不在だった。ロクはひとりベッドに横になったあと、さらに強烈な幻覚に襲われる。

 作者がその幻覚をどのように表現しているのか、ここで適切に引用することはむずかしい。ひとことでいえば、或る種の麻薬を摂取したときに現れるといわれる幻覚を想像させる。ロクが横になっている部屋も、心に浮かぶ妻のエリザベートも、膨張しうごめき、天井は波立ち逆転する。もちろんこれは作品からの直接の引用ではない。描かれている状況をかいつまんで並べただけであって、この部分の文章を紹介するためにはなんの意味もなしていない。ここでもう一度著者の前書きに戻ると、つぎのような文章がある。「文体(エクリチュール)、もはや文体しか残っていない。言葉によって手探りし、綿密にかつふかぶかと探求し、描き、現実にしがみつき、現実を仮借なく痛めつける文体だけがある」ここで述べられている文体(エクリチュール)という言葉を、わたしなりに平たくいいかえれば、作家固有の書き方ということができると思う。この作品においてル・クレジオの特徴的な文体がもっとも顕著に表れているのが、エリザベートのいない家に戻ったあと、ベッドで横になっていたロクを襲った狂気の爆発ともいうべき部分の描写だろう。当然のことながら文体は置き換えがきかない。直接読んでもらう以外、正確に伝える方法がないし、下手に一部分を引用しても誤解を招くだけだ。

 さて先にあげた「物質的恍惚」について少し触れてみる。作者は「感覚に襲われた精神は、一種の物質的恍惚のうちにおちいる。」と書いている。アパートで幻覚に翻弄され尽くして行き着いたロクの感覚こそ物質的恍惚の世界だろう。その後ロクはようやく正気の世界に戻ってくる。彼はどう変わっただろうか。外面的には、会社を首になったということだけだ。妻もそんなことには慣れっこになっているはずだ、とロクは思う。彼は朝と同じように自転車で海に向かう。街の様子も変わっているはずはないのに、ロクの目にはこの土地を襲っていた巨大な火事の残骸としか見えない。エリザベートの顔さえロクの頭の中で色あせたものになっている。幻覚のなかでロクを苦しめた「目のようなもの」が、まだ執拗にロクのほうをうかがっていたが、すでに力を失っている。「いぜんとして燃えるように熱い自分の体を海水の中に沈めたとき、彼の喜びは小さなものではなかった」というラストは、ロクに本当の救いをもたらしたのだろうか。

 凄まじいまでに強烈な表現に充ちたこの作品は簡単に読み飛ばせるようなものではない。しかし読者の好奇心を刺激しつづける大きな魅力をそなえていることはたしかだ。
    〈了〉

 ―新潮社刊 高山鉄男訳『発熱』による―

http://kapri.la.coocan.jp/

 

《カプリチオ ARCHIVE》 故・谷口葉子氏の遺作紹介

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 8日(水)11時26分21秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ■《カプリチオ ARCHIVE》では、過去作品で再読していただきたい小説・エッセイ・特集・対談などを
ここで取り上げようと思います。

■以下の文章は、昨年逝去された谷口葉子氏が、病床で書きづった遺作です。
シュールな雰囲気の中に、特異な感性の閃きと、ユーモアがうかがえます。


-------------------------------------------------------


    『まぼろしに遊ぶ』

                    谷口 葉子

 青い猫が飛んだ。沖縄の海だと思った。ひとの声がした。あああの病室だとおもった。私はこのあいだと同じ病室に入院しているのだった。その声は私が貴婦人と名づけたふたりだった。彼がねレットパージで連れていかれたのよといえば、大変だったわねと答える声もきいたことがある。お手当てがはいらなくてね。戦後の厳しいときだったし、着物を質屋に出し入れしたわ流したわ、畑もやったし、買出しにもいったわ。わかるわかる、大変だったわね、わかるわよ。若いあなたにわかるはずないわよ。ここで少し押し問答になるのも同じだった。それにしてもレッドパージって古くはないかい、今はいつなのか。どこにいるのか。そうだ、病院なのだった。自分のベッドの位置がわからない。たしか貴婦人は個室のような気がしたが、おや、この病院はこの貴婦人の個室のとなりに博物館があるようなけはいを感じる。がらがら蛇のぬけがらが伸びている。椰子の木もあって廊下の先はほわんと沖縄ではないか。深夜のけはいだった。集中治療室にいるのだと思っている。いつの間にか私ひとりになっている。今まで他の集中治療室のベッド患者のいた場所が大きなテーブルになり両側が三段ベッドになっている。見覚えのある看護師が現れた。前回入院したときの黒丸看護師だ。一ヶ月ほどの短い入院だったのに私は三人の看護師に黒丸をつけた、そのうちのひとりは手術後の私を不用意に抱きかかえ痛みに耐えかねて咄嗟にほっぺたをひっぱたいてしまう事態になったのだがこの若い看護師とは、退院時には和解して黒丸は消えた。思えばあれから一年もたってない入院なのだから、同じ看護師たちが働いていても不思議はないだろう。それにしても黒丸をいまだどこかに記憶している自分にあきれながら集中治療室の私は、こわばっているのだった。三人の子供がいるといった黒丸看護師は髪型もからだ付きも変わらなかった。常に夜勤の担当で私の前に現れるのだった。今夜も深夜のけはいだ。もうろうとしているのは、麻酔の余韻なのだろう、それでも黒丸看護師は、時々私の様子をのぞいているのがわかるから、今夜の担当にちがいなかった。三段ベッドと思ったところが祭壇というか神棚になっている。男の看護師と話しながら祭壇を整えているようにもみえる。おや黒丸のとなりの男は、これもまた私が黒丸をつけた奴ではないのか。この黒丸は介護士で、病院によってはウエルネスとよんだり、ヘルパーと呼んだりして患者はかなり世話になる働きびとだ。まだ若いこの男の介護士になぜ黒丸をつけたのか記憶がないのに、外間という名前が浮かんでくるから奇妙である。ひとがテーブルのまわりに続々あつまってきた。ぶつぶつなにかを唱えている。頭をさげてもいる。からだが重い。声が出ない。黒丸看護師と眼があった。眼と手で合図したが無視された。蟻さん集まれあいうえおア、はっきりとした発音のあとに、ああり、さあんあつまれ、あ、い、う、え、おう、あア。どこか調子はずれでのんびりしている声がひびく。大人か子供かわからない。発音の訓練をしているようにも聞こえる。蟹さんかさこそ、かきくけこカ。若い黒丸介護士が手本のあいうえおを読み上げているようだ。どのくらいたったのだろうか。私は狭い空間に寝かされている。ひとは誰もいない。誰にも聞かされていないのに、臨終だと思っている。三角の空間に僅かな花を飾られて私は寝かされている。明るい子供の声が遠くから聞こえる。誰もいない臨終は私にふさわしいとして、こんなに耳も眼もしっかりしているのに臨終なのだろうか。少し高いところにある小窓から覗く顔があるがみんな知らない顔だ。もうひとつ顔がのぞいた。これは知っている顔だ。誰だったろう。

 夜になっている。真っ暗なビル街を泳いでいる。星も月もない暗闇を飛ぶとはいえない。泳いでいる。ひとつだけ小窓に明かりがついている。見覚えのあるさっきの小窓の向こうに私が横たわっている。私がわたしに手など振っている。急に明るいところに出た。

 小さい舟に揺られている。大震災前の宮城県の蓮沼だった。あのときは数人一緒だったのに、今はひとりだった。風もなく、音もなく真っ盛りの蓮の水路を舟がすすむ。ときどき大きな葉っぱをかきわけながらすすんでいく。いつのまにかあたりぜんたいが黄色くかすでくる。ああこれは宮沢賢治の「日輪」の世界ではないか。そのままゆだねていたい心地よい気分だ。私はどこにいるのだろう。

 夜勤の黒丸看護師のけはいがベッドの仕切りカーテンの外で、準備しているのがわかる。今夜担当の黒丸です、お変わりありませんか。黒丸は実名を名乗っているのだが私には黒丸にしか聞こえない。お変わりありませんかにしたところで、手術後の患者にいうべき言葉かと、反発がきた。一日ごとに回復しなければ患者には意味がないではないか。もっと労う言葉はないのか。すると記憶にあるたったひとり取り残された集中治療室に私は戻っている。逆立ちさかさま、さしすせそサ。楽しい凧揚げたちつてとタ。ばらばらの繰り返しの先夜の声と同じだ。祭壇だと思ったところが大きく開けられている。薬品の倉庫ではないのか。なにやら発音練習のそばで、在庫調べの声が重なる。黒丸が私の様子をみにくる。眼と手で合図したが無視された。また眠りにおちたようだ。のどが渇いている。しきりに黒丸にはなしている。(あなたのやっていることはいいことだわ、秘密のことだったらだれにもいいません、だれにもいいませんから、お水をのませてください)私の声は言葉になっていないようだった。相変わらず堅い表情で、にぎやかなテーブルのほうへ行ってしまった。

 夜の病室の私になる。のどが渇いている。

「お水をください」

 繰り返したが、返事がない。たしか担当は黒丸ではなかったか。

 枕頭台の上に吸い飲みの器にはいった水が眼にはいった。ここは集中治療室ではないのだから水を飲んでもいいはずだった。そのための吸い飲みに決まっている。両手を出して意識が止まった。私の両手に布製のグローブがはめられている。霧のようなものが晴れていく。そうだったのだ。まだ何本かの管につながれている私は、黒丸にお変わりありませんかといわれたあとに、反発できなかったかわりにというわけでもなく、管をはずすなどという意識は殆どなく、手が管に触ってしまったのだ。黒丸は大きい眼をさらに見開いて大事な管なので、こうしましょうと手指を動かせないように、グローブをはめたのだった。看護師さん、看護師さん。私は水がのみたいのだから、やさしい声で呼びかけた。カーテンの外にあったけはいが静まり返っている。私は晴れてきた眼で病室を見回す。申し込んだのは四人部屋だった。半ばカーテンで仕切られているので定かとはいえないのだったが前回入院した仕切りと同じだった。ナースコールを二回押す。私の中に力がわいてきた。誰も返答がないとわかると、グローブをはずしにかかった。怒りの力は恐ろしい。片方がはずれると、もう片方も簡単だった。手のとどくところに吸い飲みはあった。ぬるい水はのどごしを勢いよく、おりっていった。私のいのちの水だった。仕切りカーテンのかげで、グローブを拾っている黒丸看護師のけはいを感じた。

 私は生きているのだった。その実感を握り締めるように私は深い眠りに落ちたのだった。

 目覚めると、姪の顔があった。明確な記憶があるとすれば、ここからにちがいなかった。手術後の三日目だと姪はいった。
「三日目だから三月二日」
「わかるわよ、二月の二十八日に手術したんだからさ。あぶなかったのかね、三日も記憶がないなんて」
 姪はのんびりという。
「そんなことないと思うよ」
 小顔の姪は黒いコートをぬごうともしない。外の寒さをまとってきたけはいが残っている。
「今きたばかりなんでしょ」
「待たされたの一時間近く」
「なんでさ」

 患者さんはまだ集中治療室なので、お待ちくださいといわれ、病室で待ったのだという。運ばれてきた私はしっかりした顔つきで姪だとわかると、おうと声をあげたのだという。病院の中は娑婆ではないとすれば、娑婆のひとはどことなく引き締まっているのではないか。緊張のかたまりのような病院の仕事従事者ともどこかちがう。姪は主婦でふたりの男の子も高校を卒業した。肥満型なのでおっとりしているようにみえるが派遣のパート戦線を十年以上こなしてもいる。このときの私はあとから聞くと、かなり混乱していたといわれたものだったが、私が最初に記憶している姪だけはちがうことをのんびりという。(つうちゃんもこうちゃんも手術後のよこばあはおかしかったとかいってたけど。手術後だからこんなもんじゃないのと私は思うけど)(ということはやっぱおかしいということよ。いいのよ、ほんとのこといったって)
 最初に麻酔がさめたとき集中治療室のガラス越しに確かに甥たちが手をふっていたのが思い出された。
「こうちゃんたちと電話で話したの」
「だって、病院の場所や病室の番号をきかなきゃないでしょ」
「どういうふうにおかしいって」
「青い猫だとか沖縄だったとか、黒丸さんがいて困ったとかいったんだって」
 青い猫のあざやかな色が脳裏に残っている。なんじゃドラえもんじゃないかいな。あれこれ並べてみると、麻酔のなかでさまよっていただけの気がする。それにしても手術後三日たっているが臨終だったとかあぶなかったとかの話の雰囲気はないのである。

 大きな笑い声がして、看護師をひきつれて担当医がはいってきた。この顔は臨終の小窓からのぞいていた顔だ。診察室でも執刀前にも顔合わせていながら記憶が飛んでいる。
「どうだ、気分は」
「はい」
 いいとも悪いとも答えられない。
「ほら手術前に中腹部に硬いところがあっただろう、触ってもらったよね、あとで渡すけどこんな、大きな石が小腸にからまっていて、小腸を五十センチかな、いやあ小腸はのびちじみするんで正確にはいえないけど切ったからね」
「先生、私あぶなかったんでしょうか。ほら先生、上のほうの小窓から覗いてませんでしたか」
 このとき私はまだ混乱していたのだろうか。執刀者の彼は即なにもかもわかっているかのように肯定も否定もしないまま、包み込むかのようにもあったかく、笑い飛ばしたのである。おろかな患者の私はああやっぱり現場ではなにかあったにちがいない、そうでないと三日も集中治療室にいるわけがないではないかと合点することで安堵したのだった。あぶなかったとして私は今生きているのだから充分だった。
 青い猫や沖縄は飛んでしまったとしても、小窓をなん度も覗く担当医の顔と三角に囲まれたわびしい臨終の花とまだ眼も見え耳も聞こえる私が、遠くのもうひとりの私をみている場面は、脳裏に残っているのである。
 姪がふたりのお子たちの話を始めた。これが生きているということにちがいなかった。自分の病状の話より、この世の事情の肌触りにほっとする。

                        (未完・絶筆)

http://kapri.la.coocan.jp/maborosiniasobu.htm


 

ニキ美術館について

 投稿者:管理人クラム  投稿日:2017年 3月 8日(水)10時14分45秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ------
ちなみに45号特集で扱った「ニキ美術館」のホームページはこちら。
http://niki-museum.jp/contents/archives/gallery/museum
那須高原にある素敵な美術館だったのですが、残念です。


               *

◆元「ニキ美術館」館長 黒岩有希氏の文章
(本誌『カプリチオ』から一部抜粋)

          「ニキの思い出」   黒岩有希

 ここで私がニキに初めて会った時の事を少し書いておきたい。
 美術館オープンの一年前、一九九三年のことである。パリの市立近代美術館でニキ展があり、それをヨーコさんと見に行ったのだ。私たちが地元のカフェで待っていると、背の高い二人の美女が颯爽と現れた。ニキと孫娘のブルームだった。ブルームの腕には男の赤ちゃんが抱かれていた。カフェにいた人たちの視線もみなニキに集中した。美人とは聞かされていたが、その容貌、スタイルは群を抜き、気品さえただよっていた。

 若い頃プロのモデルを経験しているだけあって、当時の年齢は六三歳だが、容色衰えず、ましてや世界的な現代アートの第一人者としてのオーラを、その美貌が輝かせていた。
 ヨーコさんは私をニキに紹介してくれた。ニキとハグした私は緊張のあまりガチガチになってしまい、上手く挨拶できたのかほとんど覚えがない。
 その後、ヨーコさんとニキは仕事の話などし始めた。ニキはハスキーな声でよくしゃべり、よく笑い、エネルギーに満ち溢れていた。彼女は当時、すでに病気がちだったが、やはりあの作品群を作り出した芸術家なのだ。私はいっぺんにニキに魅了された。もっとも、ニキは一面、気難しく,繊細で怒りだすととまらないエネルギーも持っていたそうだが、私の前で、それを見せることはなかった。
 またヨーコさんと親し気に話す姿を見て二人の関係の親密さも知ることができた。
 今思えば、それは大変貴重な体験だったと思う。
 まさか、その二〇年後に私自身が二人の友情物語を書くことになるとは―。 」

http://kapri.la.coocan.jp/yoykosannoisitotomoni.htm


【増田YOKO静江コレクション】
http://niki-museum.jp/contents/archives/gallery/collection
■六本木の新国立美術館で展示された作品も見られます。

               *


■下は館内のオブジェ写真、および、長屋門の入り口です。
 

文芸同人誌評「週刊読書人」(2017年1月6日)白川正芳氏

 投稿者:管理人クラム  投稿日:2017年 3月 6日(月)19時38分36秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  2017年1月21日 (土)
文芸同人誌評「週刊読書人」(2017年1月6日)白川正芳氏

明治大学文学部塚田麻里子研究室内群島の会編集「トルソー」創刊号より伊藤龍哉「禿の思想-「親鸞 白い道(三国連太郎監督)」・常野前彰子「知多半島稲の道」・林淳一「鏡花つれづれ草」・牧子嘉丸「ふるさとの山にむかひて-啄木と雨情」・小柳貴志「閉塞する天井」
関谷雄孝「白く長い橋」(「カプリチオ」45号)、吉留敦子「常磐線」(「AMAZON」11月号)、田中芳子「波の話」、桜井仁「よりよい短歌のために」(「静岡近代文学」32号)、紅月冴子「手のひらのいたみ」(「樹林」11月号)、浅田厚美「フランス刺繍」(「別冊 関学文芸」53号)、乾浩「乳牛ぶちとの別れ」(「槇」39号)
( 文芸同人誌案内掲示板:ひわき さんまとめ)

http://bungei.cocolog-nifty.com/news/2017/01/201716-3548.html

 

なんとなく音楽を

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 6日(月)19時25分36秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  ーーーー
【フォーレ:シシリエンヌ Op 78 [Piano ver.]】
https://www.youtube.com/watch?v=TUaBGaou6g8

【パヴァーヌ】
https://www.youtube.com/watch?v=FytxWOPXLB8

■森友学園だの、豊洲問題だの、騒然とした世相の中で、
フォーレの曲というのは落ち着きますね。
 

「カプリチオ」45号②貴重なニキ美術館の特集

 投稿者:執事クラム  投稿日:2017年 3月 6日(月)17時58分15秒 p1763131-ipngn16101marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  投稿日:2016年12月26日(月)00時40分29秒

エッセイに見る会員の豊かで特異な分野への興味
投稿者:根保孝栄・石塚邦男
http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

・この雑誌は、小説も面白いが、エッセイが充実していて味がある。
・特集は「ニキ美術館の神話-新しいルネッサンスに向けて」と題するもの。

・同美術館の元館長の黒岩有希「ニキ美術館の閉館から」は、閉館して五年経った今、閉館に至った経緯を書いたものだが、同氏は「カプリチオ」の創刊よりイラストを描いてきた画家。亡くなった最初の館長のヨーコさんより引き継いだもの、伝記作り、ニキ展開催の次第など詳しく書いた貴重なもの。塚田吉昭が「ニキ・ド・サンファル・空想展覧会」として、ニキの作品に触れたときの精神性について述べている。草原克芳が「白い魔女の予言的想像力」として、ニキ作品が問いかけている内面性について草原らしい解説をしている。

・石井利秋「ル・クレジオ[発熱]を読む」は、アパートで幻覚に翻弄され尽くして行き付いたロクの感覚こそ物質的恍惚の世界だろう」として、「凄まじいまでに強烈な表現に充ちている」と結論している。

・そのほか、水野肇「江戸名所図会で観る狛江」、石田三千枝「ハラールとは・・」など特異なエッセイはこのグループの一人一人が特殊な分野に興味を持っていることを示していて奥深く印象つけられた。

http://9301.teacup.com/douzinnnzassi/bbs

 

レンタル掲示板
/2